高速道路の上を歩いてきた——「Roof Park Fes & Walk 2026」で見たKK線の今
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この記事で分かること(3行まとめ)
- 旧東京高速道路(KK線)約2kmを歩く社会実験イベントを2026年4月25日に体験してきました
- 5つのゾーン(STREET、MARKET、PLAYGROUND、RELAX、SQUARE)で見た「車のための道」が「人のための場所」に変わる瞬間
- 整備完了は2030〜40年代——アスファルトと料金所看板が残る「今しか見られない景色」のレポート
「高速道路を歩いてきたよ!」と言われたら、「え?事故ったの?大丈夫?」と心配されると思います。
2026年4月25日と26日のたった2日間、東京の真ん中で「歩ける高速道路」が出現しました。場所は銀座の旧東京高速道路、通称KK線です。
京橋から新橋までの約2kmを、車ではなく人が歩く——そんなイベント「Roof Park Fes & Walk 2026」に参加してきました。同じイベントは2025年の同時期にも開催されていて、今年は2日間とも天気に恵まれ、たくさんの人で賑わっていました。
結論から言うと、めちゃくちゃ面白かったです。普段は絶対に立ち入れない場所を、自分の足で2km歩く体験そのものが新鮮で、何より「車のための道路」と「人のための場所」の違いを身体で感じられました。
歩いてから1ヶ月。写真を見返しながら、当日の体験を振り返ります。
KK線の路面に残る赤いカーブ(ZONE 04 RELAX から ZONE 05 SQUARE に抜ける、新橋寄りの急カーブ)。一般道では作らない曲率が、歩いてみると「曲線の景観」になる
そもそもKK線とは何か
KK線の「KK」は、運営会社「東京高速道路株式会社」の 株式会社(Kabushiki Kaisha) の頭文字。当時の首都高速道路が「公団」運営だったのに対し、KK線は 純粋な民間株式会社 として建設・運営に当たったため、両者を区別する通称として「KK線」と呼ばれるようになりました(東京高速道路 — Wikipedia )。
最初の区間(土橋〜城辺橋間)が開通したのは1959年で、これは首都高の最初の開通(1962年12月:京橋〜芝浦間)より 3年早い——KK線は首都高より先にできた東京の都市高速道路の元祖でもあります。全線開通は1966年で、2025年4月5日20時に廃止されるまで、銀座の上空を走る一貫して通行料無料の自動車専用道路として機能していました(東京高速道路(KK線)の廃止について(2025年2月14日プレスリリース) )。
下に商業施設、上に道路という独特の構造で、テナント賃料で道路を維持する世界的にも珍しいビジネスモデル。これだけ長く無料の都心高速が維持できていた背景には、この収益モデルがありました。
なぜ廃止されたのか
KK線廃止の直接的な理由は、首都高速道路の日本橋区間地下化事業です。新たな都心環状ルート「新京橋連結路(地下)」の整備が決定したことで、KK線が担っていた都心環状線の迂回機能が不要になりました。ただし、KK線はすべてが廃止されたわけではなく、東銀座出口のみ事実上の都心環状線出口として存続しています。
そのKK線跡地を「人のための公共空間」へ生まれ変わらせるのが Roof Park Projectです。
今回のフェスは、本格的な整備が始まる前の 実証実験 の一環で、東京都と東京高速道路株式会社の共催で、歩道として開放したらどんな体験になるのか・街にどんな影響があるのかを、実際に人を入れて検証する社会実験になります。
入場:リストバンドを受け取って会場へ
入場時に渡されるのは、紫の入場バンド。電子チケットのバーコードと一緒に、この物理的なバンドで入場管理されていました。なんてことのない仕組みなんですが、 多くの来場者を捌く動線管理 をしており、参加者がそこそこ多いのかと思いました。
入場時に渡された紫の入場バンド(緑は私の服)
歩く:高さ5mから見える、いつもの東京
KK線の路面は、地上から約5mの高さにあります。ビルの2階くらいの目線で街を見渡せて、地上の街路樹より少し高い位置から景色を眺めることができます(イベント配布物「Roof Park Walk Guide」より)。
歩き始めてすぐ、新幹線が真横を通過しました。東海道新幹線とKK線は数メートルの距離で並走している区間があります。KK線は1959年〜1966年にかけて、すでにあったJR在来線・東海道新幹線(1964年開業)の隙間を縫うように建設されたため、新幹線の鼻先がすぐそこにある独特の風景が生まれています。思わず立ち止まって見入ってしまいました。
KK線の真横を新幹線が通過。一般道では絶対に見られない構図
別のポイントでは、街路樹のトンネルの先に国会議事堂がぽつんと見えました。「内幸町ホール前」という地上の信号標識を見下ろしながら、その先に議事堂——車で通り過ぎたら絶対に気づかないですね。
街路樹のトンネルの先に、ぽつんと見える国会議事堂。高さ5mからしか得られない、徒歩でしか味わえない眺望
赤い路面の急カーブも印象的でした。一般道では絶対にこんな曲率は作りません。高速道路として設計されたからこその道路形状が、歩いてみると「曲線の景観」として味わえます。
「速度落せ 急カーブ」の標識が写真の右端にそのまま残る。歩いている人には不要だが、車のために設計された痕跡
足元にも面白いものが残っていました。アスファルトに直接埋め込まれた赤い小さなプレートで、「西京 S4」と書かれています。形は道路標識を小さくしたような盾型。普通に歩いていたら絶対見落とすサイズなのですが、複数の人が立ち止まって写真を撮っていました。
足元に埋め込まれた「西京 S4」プレート。KK線の構造区分・点検用と思われる管理番号
調べてみると、SNSや個人ブログでもこのプレートに触れた記述はほぼ見当たりません。「西京」はおそらくKK線の 西銀座〜京橋区間 を示す略称、「S4」は構造セクション番号と推察されます。点検や維持管理のために振られた識別コードでしょう。歩道として整備が完了したら、こうした小さな名残こそ最初に消えていくものなのかもしれません。
ゾーン01〜05:5つの「人のための場所」
会場は約2kmにわたって5つのゾーンに分かれていました。一般申込での入口は KK線の旧・西銀座入口(東京メトロ銀座一丁目駅すぐ、ロイヤルホストの看板が目印)で、ZONE 01 STREETの中間に位置しています。KK線はコの字型のループ構造 なので、入口から入ったら、まずZONE 01の端まで歩いて折り返し、そこから ZONE 02 → 03 → 04 → 05 と新橋方向に進むのが基本の動線です。
会場入口に掲示されていた5ゾーンの全体マップ。KK線がループ状のため、ゾーン番号は歩行順とは別の論理で配置されている
ZONE 01:STREET(アーバンスポーツとピクニック展示)
入口を入ってまず向かったのは、ZONE 01 STREETの端まで。スケボー、ダブルダッチ、ブレイキンなどのアーバンスポーツが行われるゾーンです。
Element Skateboardsが協賛するスケボー無料体験スクールが開催されていました。私が着いた頃は、熟練者がアクロバティックなスケボーの技に挑戦していました。
アスファルトの上に置かれたバーを、熟練者が華麗に跳び越えていた
同じZONE 01の一角に「東京ピクニッククラブ」のバスケット展示もありました。黄色チェック柄のピクニックシート が長く広げられて、その上にヴィンテージのピクニックバスケット(おそらく英国式)が並べられています。背景は銀座一丁目方面の街並み。「ピクニックは食と社交を通じた都市参加の行為」というコンセプトに沿った、洒落た展示でした。
東京ピクニッククラブのバスケット展示。「ピクニックは食と社交を通じた都市参加の行為」というコンセプト
道中のハイライト:西銀座料金所跡——今日だけのフォトスポット
ZONE 01の端まで歩いて折り返し、ZONE 02 MARKETに入る境目の急カーブで、ひときわ目を引く構造物が現れます。西銀座料金所跡 です。
入口の上には「現金 軽・二輪 1590円 / 普通 1950円 / 中型 2310円 / 大型 3110円 / 特大 5080円」と書かれた料金看板がそのまま残っています。
さて、ここで疑問が湧きました。
KK線って、ずっと通行料無料だったはず。なぜ料金所があるのか?
調べてみると、これは KK線と首都高速道路を行き来する車のための「乗継所」 だったとのこと。
KK線(東京高速道路株式会社)と首都高(首都高速道路株式会社)は運営会社が別で、KK線は無料・首都高は有料でした。首都高(有料)から無料のKK線に一旦流出すると、本来は再度首都高に入るときにまた料金を払わなくてはいけません。それを避けるために、汐留・西銀座・白魚橋の乗継所で「乗継券」を受け取り、10分以内に首都高に再流入する際にそれを示せば二重払いせずに済むという仕組みになっていました(東京高速道路 — Wikipedia )。
無料の高速道路を維持するために、別運営の有料道路とどう接続するか——その妥協点として設計された施設が、今は人が記念撮影するフォトスポットになっている。地味な発見ですが、なんだか面白かったです。
普段は車でしか通れない場所なので、歩行者の目線から見上げる料金所はどこか不思議な迫力があります。当日は このカーブ周辺が「フォトスポット」として開放 されていて、料金所の真下や脇で記念撮影をする人がたくさんいました。(長蛇の列だったので私はパスしました)
「西銀座 / Nishi-ginza」の料金所跡。料金表の数字も読める状態で残っている。当日はフォトスポットとして人気だった
ZONE 02:MARKET(マルシェ・キッチンカー・ステージ)
料金所跡を抜けて先へ進むと、マルシェやキッチンカー、ステージが集まるZONE 02 MARKETの中心エリア。5ゾーンの中でもいちばん人で賑わっていた場所です。
まず目に入ったのが、全国のアンテナショップが並ぶマルシェエリア。香川・愛媛のせとうち旬彩館では、愛媛みかんや河内晩柑、不知火の柑橘のジュース、香川のかまどパイ、いりこにオリーブ茶まで揃っていました。法被を着た「えひめの中の人」が、お客さんに丁寧に商品説明している姿が印象的でした。
せとうち旬彩館の陳列。オリーブ茶、いりこ、かまどパイ、ぼうゆ豆など。緑のジャンパーは「えひめの中の人」
日比谷しまね館のキッチンカーでは「あまりんフロート(900円)」と「出雲抹茶ラテフロート(800円)」を販売。私はあまりんフロートを買って、街を眺めながらアスファルトの上で食べました。普通のフェスでは味わえない、「歩道としての高速道路でアイスを食べる」というシュールな体験です。
日比谷しまね館の「あまりんフロート」。歩道としての高速道路でアイスを食べるというシュールな体験
キッチンカー群はもう少し新橋寄りにもあって、Mahalo BBQなどのハワイアン系食事も人気でした。
Roof Park STAGEと人工芝のリラックス空間
ZONE 02の中央付近にはRoof Park STAGEという特設ステージがあって、Roof Park Project関係者によるトークセッションや音楽演奏が行われていました。私が通ったときは、Roof Park Community Pitchという出展者紹介の時間で、各団体の取り組みをコンパクトに紹介していました。
ステージのすぐ近くには 観客が座ってステージを眺めるための人工芝スペース が広がっていて、トークを聴く人も、つい寝そべる人もいました。私もゴロンと横になってしまいました。「高速道路の上で寝そべる」という、絶対にこの企画でしか体験できない景色になっていました。
Roof Park STAGE近くの人工芝で寝そべる。絶対にこの企画でしか体験できない瞬間
ZONE 03:PLAYGROUND(路上お絵かき、デッキチェア、移動式書店)
ZONE 02を抜けるとZONE 03 PLAYGROUND。名前の通り、いろんな年代の人が遊んだり寛いだりできる企画が集まるゾーンです。
まず目に入ったのが、TOKYO PLAYによる 路上お絵かきコーナー。「高速道路にらくがきしようぜ!」という手書きの黒板が立っていて、アスファルトの上に子どもや家族連れ、様々な年代の夫婦やカップルが思い思いにチョークで絵を描いています。「車が走っていた場所が、こんなふうに使われる」——プロジェクトのコンセプトがいちばん視覚的にわかる企画でした。
TOKYO PLAYの路上お絵かきコーナー。「高速道路にらくがきしようぜ!」の手書き黒板が印象的
「車が走っていた場所が、こんなふうに使われる」——プロジェクトのコンセプトが視覚化された一コマ
その先には 人工芝に黄色いデッキチェアが整然と並ぶリラックスエリア が現れます。ピクニッククラブの展示芝やステージ脇の鑑賞用芝とはまた違って、ここはチェアがずらりと並ぶリゾート感のある演出。ガラス張りのオフィスビルが両脇に立ち並ぶ高架の上に、芝とチェアだけが置かれているコントラストが面白い。
ZONE 03 PLAYGROUNDの人工芝と黄色いデッキチェア。ガラス張りのオフィスビルが両脇に立ち並ぶ高架の上に、芝とチェアだけが置かれているコントラスト
さらに 新|POSTという移動式書店 も停まっていました。新建築社と恵比寿のアートブック書店POSTが共同で立ち上げた建築書専門店で、軽トラの荷台がそのまま本棚になっています。Herzog & de Meuron、Louis Kahn、Atlas of Brutalist Architecture、SML/XLなど、建築・デザイン系の重厚な本が並んでいました。「都市と建築」をテーマにしたフェスの空気感にぴったりの企画です。
新建築社×POSTの移動式建築書専門店。軽トラの荷台がそのまま本棚に
ZONE 04:RELAX(何もないという贅沢)
RELAXは、ほぼ何も置かれていないゾーンでした。テントもなければ椅子もない。歩き疲れた人が立ち止まって空を見上げたり、街並みを眺めたりするための「余白」のエリアという感じです。
イベント期間中、各ゾーンは何かしらコンテンツでいっぱいになるなかで、「何もない」を意図的に作る というのは面白い設計でした。歩道として整備されたあとも、こういう「ただ街を眺める場所」は残ってほしいなと思いました。
新幹線や在来線も近くから見えて、ゆっくり歩きながら「高速道路から見える東京の景色」を感じました。
ZONE 05:SQUARE(未来の歩行者空間)
新橋出口に近いSQUAREゾーンでは、XR体験や次世代モビリティの試乗、東京グリーンビズの展示などが行われていました。Snow Peakのアウトドア休憩所も設置されていて、キャンプ用のタープの下で椅子に座って休めるようになっていました。
Snow Peakが設置したタープ下の休憩スペース。アスファルトの上にキャンプ用品が広がる景色
ゾーンを巡って気づいたこと
5つのゾーンを通して感じたのは、「車のための道」と「人のための場所」では、同じ空間でも全然意味が違うということ。
KK線はもともと、車を最適化して設計された空間でした。幅、勾配、カーブの曲率、すべて車のスケールで作られています。それが今、人のスケールで使われると、車では絶対に体験できない時間の流れ方になる。歩く速度で景色が変わり、立ち止まって写真を撮り、街路樹の先に議事堂を見つけ、アイスを食べながら銀座を見下ろす。
これは公式の配布物「Roof Park Paper Vol.02」でも触れられていましたが、運営側はこの 「今しかない景色」 という価値を強く意識しているようでした。整備が完了してからではなく、まだアスファルトのまま、料金所跡が残っているこの状態だからこその魅力がある、と。
会場で配布されていたタブロイド紙「Roof Park Paper Vol.02」。プロジェクトの1年間の歩みも掲載されている
まち歩きはなぜブームなのか? で書いた「歩く速度で街と関わる楽しさ」が、KK線では「車のスケールで作られた空間を、人のスケールで再発見する」という形で立ち上がっていました。同じ街でも、移動手段が変わると見える景色が変わる——それを2kmの距離で凝縮して体験できるのが、このイベントの面白さです。
出口:2km歩いて、地上に降りる
新橋側の出口は下り坂になっています。汐留シティセンターのガラス張りのビルを背景に、人々が高架から地上へ降りていく。「ここはかつて高速道路だった」と感じた西銀座料金所跡から、出口で「ここはふつうの街だ」と再認識する街角まで、約2kmの距離と高低差5mが、奇妙に長く感じられました。
出口を出ると汐留方面のガラス張りビル群が現れる。地上に戻る境目
出口を出てすぐ、タクシーが走り、まるごと高知のアンテナショップが見える、いつもの銀座・新橋の街並みに戻ります。さっきまで歩いていた高架を見上げると、そこに人がいるのが見える。「あの上、歩けるんだ」という事実が、急に不思議に思えてきます。
ウォーク後の銀座。さっきまで上を歩いていた高架の脇を、いつもの銀座として歩く
【深掘り】なぜ無料の高速道路が成立したのか
歩いている間、ずっと気になっていたことがありました。
そもそも、なぜKK線は無料で運営できていたのか?
調べてみると、その仕組みは1951年——戦後復興期の銀座まで遡ります。
銀座復興のため、財界人23名で立ち上げた
KK線を運営する東京高速道路株式会社は、1951年12月、財界人23名の発起人によって設立されました。目的は 戦後の銀座復興と渋滞緩和。
当時の外堀、汐留川、京橋川——これらの一部を埋め立てて高架道路を建設するという、なかなか思い切ったプロジェクトでした(国土交通省「東京高速道路(KK線)の概要について」 )。
「川を埋めて、その上に高速道路を作る」と聞くと随分強引に聞こえますが、それだけ当時の都心交通インフラが追いついていなかったということでしょう。
14棟のビル・約400店舗のテナント収入が道路を支えた
KK線の独自性は、道路の下に商業施設が組み込まれている ことです。鉄筋コンクリート造りの 14棟のビル と 13の橋梁 が繋がって約2kmの道路を構成し、テナントは 約400店舗、入込客数は 約10万人/日 という規模感。会社の売上は 約37億円(平成29年)で、自動車道事業と不動産賃貸事業の両輪で回っています。
ビルの賃料収入で道路の維持費を賄うことで、通行料を無料にできていたわけです。現代の言葉で言えば「PFIの先駆け」とも評される仕組みで、公共インフラを民間が建設・運営する手法を、戦後すぐに実現していたことになります。
しかしながら、大型車は通れなかった——廃止判断の伏線
KK線には大きな制約がひとつありました。設計車両重量が20t と、首都高速道路(25t)より低く設定されていたのです。準拠する法令も別建てで、KK線は 道路運送法の一般自動車道構造設備規則、首都高は 道路構造令 を適用していました。
1973年の首都高八重洲線供用開始に合わせて、KK線では大型車規制が実施されています。
今回の廃止判断の背景には、「全線で大型車通行を可能にするには、耐荷重25t対応のための床版・桁補強が必要で、そのコストが膨大」という事情がありました。テナントへの影響、維持補修費の増大も課題に挙げられていました(国交省「大型車交通の環状機能確保に向けた更なる検討について」 )。
無料を支えていた「下が商業施設」という構造そのものが、補強の難しさにつながっていた——皮肉ですが、それだけKK線の設計が時代と一体化していたとも言えます。
ユーザーから直接料金を取らず、別のレイヤー(テナント賃料)で回収する——この構造、なんとなく 現代のスマホアプリの広告モデル や フリーミアム にも通じます。それを1950年代の都心インフラで、70年以上にわたって成立させていたのが面白いなぁ、と率直に思いました。
歩道として整備されたあとも、この「無料」と「商業」を組み合わせた発想は、Roof Park Project にどう引き継がれていくのでしょうか?
【深掘り】公園化のリアル——ゴミ・水・トイレという見えない壁
楽しいイベントだったのは間違いないのですが、歩きながら気づいたことがあります。
ゴミ箱がない。普通の水やお茶を売る場所もない。トイレは指定場所に仮設トイレがいくつかあるだけ。
イベントなのでそれはそうかもしれません。でも、もしKK線が 「日常的に歩ける公園」 になったとき、これらの問題をどうクリアするんだろう、と考えはじめました。
高架道路だから持っている、見えない制約
KK線は 高架構造で、下に14棟のビルが詰まっている 場所です。これは「無料」を支えるテナント収入の源ですが、同時に物理的な制約も伴います:
- 配水管・下水管を新規に通すのが難しい:トイレを増設するには排水経路が必要
- ゴミ集積所を高架上に作れない:清掃車が直接アクセスできない、下のテナントへの影響もある
- 常設の売店を置くのも要検討:床荷重・電気・水道のいずれも下のビル構造に依存
イベント時の「仮設トイレ」「ゴミは持ち帰り」「給水なし」というスタイルは、 裏返すと「常設化の難しさ」を表している とも言えます。
公園に必要な「見えないインフラ」
通常の公園にあって、KK線(イベント時)になかったもの:
| 設備 | 通常の公園 | KK線(イベント時) |
|---|---|---|
| ゴミ箱 | 数十m おきに常設 | なし(持ち帰り) |
| 水飲み場 | 公衆水飲み場・自動販売機あり | なし |
| 飲料自販機・売店 | あり | なし(キッチンカーが代替) |
| トイレ | 公衆トイレ | 仮設トイレが指定場所のみ |
| ベンチ・椅子 | 多数 | Snow Peakの椅子(タープ下)など一時的設置 |
| 街路樹など | 多数 | 観葉植物・植木鉢など可搬式で一時設置 |
「人のための場所」を作るには、 見える景観だけでなく、見えないインフラ も必要です。Roof Park Projectが2030〜40年代という長期スパンを設定しているのは、こうした構造的な検討に時間がかかるからかもしれません。
それでも、 イベント単発でなら成立している のは事実。「常設の公園」を急がず、まずは「ときどき開放される特別な場所」として育てていく——この段階的なアプローチが、KK線の独自性に合っている気もします。
次回はいつ?という疑問
そして、参加していて気になったのは「今回のフェスは、次はいつできるんだろう」ということ。
Roof Park Projectは2030年代から2040年代にかけて本格的な整備が進む予定で、それまでは年1回のフェスや、企業・団体による実証実験という形でしか入れません。
整備のあとに、フェスで体感した「アスファルトの路面」「料金所の看板」「カーブの曲率」がどう残るかはまだ決まっていません。
Roof Park Projectのメンバーである色部義昭さん(日本デザインセンター)は配布物の中で「標識、街灯、料金所、路面のグラフィックなど、既存の構造や下地を活かした多様な表現が考えられる」と語っていて、料金所の痕跡を活用する方向で検討が進んでいるようです。
「みんなでゆっくりつくる」というプロジェクトコンセプト通り、これから20年近くかけて少しずつ姿を変えていくKK線の景色。その「途中」を見られたのは、なかなか得難い体験でした。
まとめ:歩いてみないとわからない
KK線、本当に歩いてみないとわからない場所でした。写真や地図で見るのと、実際に2kmを自分の足で歩くのとでは、得られる情報の質が全然違います。
特に印象に残ったのは:
- 料金所の看板がそのまま残っていること(高速道路だった証拠)
- 新幹線が真横を走り抜ける瞬間(一般道では絶対に見られない)
- 国会議事堂が街路樹の先に見える構図(高さ5mからの東京)
- 赤い路面の急カーブ(車のために設計された空間の名残)
- いろんな年代の人がアスファルトに落書きしている光景(人のための場所への転換)
次回開催がいつになるかわからないですが、もし機会があれば絶対に行ったほうがいいです。2km歩いて疲れますが、それ以上に、東京の真ん中にある「いつもと違う景色」を体験できる2日間でした。
参考情報
訪れたい場所
- KK線(旧東京高速道路):東京都中央区銀座、京橋〜新橋の約2km。整備完了は2030〜40年代予定。それまではフェスや実証実験で部分開放
- Roof Park Project:本記事のイベントを主催する都市再生プロジェクト
参考URL
- Roof Park Project公式サイト
- Roof Park Fes & Walk 2026 公式サイト
- 東京高速道路株式会社「当社について」
- 国土交通省「東京高速道路(KK線)の概要について」(PDF)
- 国土交通省「大型車交通の環状機能確保に向けた更なる検討について」(PDF)
もっと深く知りたい人へ
KK線そのものを扱った本は少ないですが、「人のための都市空間」を考えるための古典を3冊。Roof Park Project の思想的背景にもつながります。
- 『人間の街:公共空間のデザイン』ヤン・ゲール著/北原理雄訳(鹿島出版会):「車のための都市」から「人のための都市」へ転換するための、コペンハーゲンの建築家による集大成
- 『建物のあいだのアクティビティ』ヤン・ゲール著/北原理雄訳(鹿島出版会):ゲールの出発点となった著作(原著1971年、日本語版は2011年の改訂・新装版)。建物と建物の「間」にどんな活動が生まれるかを観察した、パブリックスペース論の原点
- 『[新版] アメリカ大都市の死と生』ジェイン・ジェイコブズ著/山形浩生訳(鹿島出版会):1961年初版の都市論古典。「歩道は誰のものか」「短い街区がなぜ良いのか」など、KK線を歩きながら思い出す論点が詰まっている