🔍 深掘り! 更新: 2026年4月30日 18分

Bean-to-Barとは何か——カカオ豆から板チョコまでの全工程と、なぜ高いのか

Bean-to-Barとは何か——カカオ豆から板チョコまでの全工程と、なぜ高いのか
【読了時間:約18分 / 要約のみなら3分】

この記事で分かること(3行まとめ)

  • Bean-to-Barはカカオ豆の選定から板チョコまで一貫して作るスタイル——産地と品種にこだわる少量生産の潮流
  • 大量生産チョコとの価格差の理由は「品質管理コスト」と「少量生産」——ただし「高い」の基準自体を疑う必要がある
  • 産地ごとの味の違い(テロワール)を楽しめるのが最大の魅力

前回の記事 200円のチョコのうち、農家に届くのは14円 の終盤で、Bean-to-Barという仕組みに少しだけ触れました。

Bean-to-Barとは、カカオ豆(=Bean)から板チョコレート(=Bar)を一貫して製造します。チョコレートメーカーがカカオ豆の生産地と直接関わることで中間マージンを無くし、農家にお金が届く構造のチョコレート製造——とも言われています。

ただ、「Bean-to-Barって結局何なの?」「なぜあんなに高いの?」という部分は深掘りできていませんでした。

1枚2,000円のチョコレートと、1枚200円のチョコレート。10倍の価格差があります。この差は何なのでしょうか?

今回は、カカオ豆が板チョコになるまでの全工程を追いながら、その答えを探ってみます。


結論:Bean-to-Barは「豆から板まで、一つの工房で作る」チョコ

先に結論を。

Bean-to-Bar とは、カカオ豆(Bean)の仕入れから板チョコ(Bar)の完成まで、全工程を一つの工房で一貫して行うチョコレートの製造スタイルです。

ふつう、1枚200円ほどで売られているコンビニやスーパーの定番チョコ——明治ミルクチョコレートやガーナミルクなど——は、ニューヨークやロンドンの先物市場で取引される カカオマス という半製品を、製菓メーカーが買ってきて砂糖や乳成分と混ぜて仕上げる作り方です(200円のチョコのうち、農家に届くのは14円 で詳しく書きました)。

街のチョコレート屋さんやパティスリー、ショコラティエの多くも、すでに加工された クーベルチュール (業務用チョコレート)を仕入れて、溶かして成形しています。

ちなみに大手メーカーの中にも、明治の ザ・チョコレートザ・カカオ のように Bean-to-Bar / Farm-to-Bar を明示したプレミアムラインを持つ例があります。歴史的にも、 森永が1918年 に、 明治が1926年 カカオ豆の自社一貫生産を始めた経緯があり、設備やノウハウの蓄積があります。

現代の 「Bean-to-Bar」工房 が大手の通常品とも、街のチョコレート屋さんとも違うのは、 少量生産・職人の手仕事・産地と品種へのこだわり です。

全商品を Bean-to-Bar で作り、産地ごとの個性をそのまま残しながら丁寧に仕上げているのが特徴になります。

ワインでいえば、 「ぶどう畑から収穫、発酵、熟成まで一貫して手がけるブティックワイナリー」 に近いイメージですね!

段階特徴
大量生産チョコ安く・大量に・均一な味森永ミルクチョコレート、Hershey’s
プレミアムチョコ高級感・ギフト向けゴディバ、リンツ
Bean-to-Bar産地・品種・工程にこだわる少量生産Dari K(京都/2011年〜)、Minimal(東京/2014年〜)、MAROU(ベトナム)、ダンデライオン(米・日)

出典:@minimal_beantobarchocolate — Bean-to-Barが扱うカカオ豆


【歴史】Bean-to-Bar はどこから来たのか

コーヒーのサードウェーブから波及した

実は Bean-to-Bar の前に、コーヒーの世界で似たムーブメントが起きていました。

サードウェーブ・コーヒー ——高品質な単一産地豆(シングルオリジン)を浅煎りで、1杯ずつハンドドリップで提供する潮流。2000年代初頭の米国で広がった概念で、1999年にコーヒージャーナリストの Timothy J. Castle が「Coffee’s Third Wave」と書き、2002年に Trish Skeie が業界誌で広めました(Wikipedia: Third-wave coffee )。

代表的な米国ブランドはどれも1990年代〜2000年代初頭の創業:

  • Counter Culture Coffee (1995年、ノースカロライナ州)
  • Intelligentsia Coffee (1995年、シカゴ)
  • Stumptown Coffee Roasters (1999年、ポートランド)
  • Blue Bottle Coffee (2002年、カリフォルニア州オークランド)——日本では2015年に清澄白河に上陸し、 「サードウェーブ」という言葉を日本に広めた立役者

産地のテロワール(土壌・気候・品種など産地固有の条件が、味の個性として現れること)、農家との直接取引、職人技——これらの価値観が、2000年代後半から チョコレート業界にも波及 しました。Bean-to-Bar は、サードウェーブ・コーヒーの「チョコ版」として後発で生まれたムーブメントになります。

米国で生まれたBean-to-Barムーブメント

世界の現代Bean-to-Bar の先駆けは、 1996年に米カリフォルニア州バークレーで創業した Scharffen Berger Chocolate Maker とされています。シャンパン醸造家のジョン・シャーフェンバーガーと医師ロバート・スタインバーグが立ち上げた工房で、 過去50年でアメリカ初の「カカオ豆から板チョコまで一貫製造」 を確立。カカオ含有量を商品ラベルに明記する文化を米国で広めたパイオニアでもあります。

2000年代に入ると、 2007年に米NYブルックリンで創業した MAST Brothers Chocolate がメディア露出と「ヒップスター文化」とともに Bean-to-Bar という言葉を世界に広げました。ただし2015年、 創業初期は Valrhona のクーベルチュールを溶かして自社製と称していたことが発覚 し、Bean-to-Bar 界に衝撃を与えた件もあります(DallasFood の4部作調査記事 )。Bean-to-Bar の「正直さ」とは何かを業界に問いかけた事件でした。

そして、 2010年にサンフランシスコで Dandelion Chocolate が創業。IT起業家のトッド・マソニスとキャメロン・リングが友人のガレージで実験から始めた工房で、職人技の透明性をブランドの中核に据え、2012年にバレンシアストリートにファクトリーを開いて知名度を世界に広げました。

なぜこの時期に?——背景にある3つの動き

Bean-to-Bar が2000年代後半に世界で広がった背景には、社会的な動きがいくつかあります。

  1. フェアトレードの限界の認識 :認証制度だけでは農家の生活が十分に守れないという問題意識が広がり、「直接取引(ダイレクトトレード)」の重要性が議論されるようになった
  2. クラフト食品ムーブメント :クラフトビール、スペシャルティコーヒー、職人パンなど、「大量生産から職人技へ」の流れが2000年代に各分野で起きていた
  3. カカオ産業の児童労働・搾取問題への関心キャロル・オフ『チョコレートの真実』 などで西アフリカの実態が広く知られ、「お金の流れを変える買い方」への関心が高まった

日本への到来——サードウェーブより5年早かった

おもしろいのは、日本では コーヒーのサードウェーブが定着するより先に、Bean-to-Bar が始まっていた こと。日本でブルーボトルコーヒーが上陸して「サードウェーブ」という言葉が一般化したのは2015年。ところが日本のBean-to-Bar 専門店の最初期は、それより5年早い2010年だったのです。

Bean-to-Bar 専門店として日本最初期に始まったのは、2010年に東京・奥沢でオープンした Emily’s Chocolate OKUSAWA (澤村エミリさん)と言われています。「Bean-to-Bar」という言葉がまだほとんど知られていない頃から、少量・高品質のチョコレートをオンライン中心に展開してきた工房です。

その翌年、2011年4月には京都で Dari K が開業。代表の吉野慶一さんがインドネシア・スラウェシ島のカカオ農家から600kgを買い取ってしまい、引くに引けず始めた——という経緯で生まれた店で、後に農家との関係をさらに深めた「Tree to Bar」(木の栽培から一貫)という独自の名称も打ち出しています。知名度・影響力でも、日本のBean-to-Bar市場を牽引してきた存在です。

その3年半後の2014年末、東京・富ヶ谷に Minimal がオープン。元経営コンサルタントの山下貴嗣さんが立ち上げ、「Bean-to-Bar」という言葉を前面に押し出すブランディングで、日本国内での認知拡大を牽引しました。

2015年には東京・中目黒で green bean to bar CHOCOLATE が開業(自然写真家の安達建之さんが手がける)、2016年にはサンフランシスコ発の ダンデライオン・チョコレート が東京・蔵前に進出。いまでは多様な工房が日本で根を張っています。

こうした工房に共通するのが、 「産地ごとの個性を、そのまま味わう」 という姿勢。同じカカオ含有率70%でも、産地が違えば味がまったく違う——これが Bean-to-Bar 最大の魅力です。

余談:私がBean-to-Barを知ったきっかけ

私がBean-to-Barを知ったのは、関西にいた頃に参加した Dari K のワークショップでした。インドネシア・スラウェシ島のカカオ農家と直接取引している話、発酵の違いで味が変わる話——「チョコレートって、作り方でこんなに違うんだ」と驚いた記憶があります。

出典:Instagram投稿 — Bean-to-Barワークショップで、参加者がカカオを潰してカカオマスを作る一コマ

参加した日のメモには「インドネシアカカオのチョコレート初めてかも」「フェアトレードっていう言葉以上の話が聞けて面白かった」と書き残していました。

Dari Kワークショップで仕上がったチョコトリュフ 2015年7月、Dari Kワークショップで仕上がったチョコトリュフ

ワークショップで試食したカシューナッツ&トリュフ ワークショップで試食したチョコがけカシューナッツとトリュフ。素材の違いで味わいがガラッと変わるのが印象的でした

その後、東京で出会ったのが Minimal 。お店はコンパクトで機能的、包装も飾り気が少なくて——「シンプル」というより「スタイリッシュ」という言葉が合う印象でした。でも一粒一粒に”素材にお金をかけてる”空気が詰まっていて、選ぶ時間自体が楽しかったのを覚えています。

DEAN & DELUCAのバレンタインコーナーにMinimalのチョコレートが並んでいるのを見かけた時は、「あ、ここまで広がったんだ」とちょっと嬉しくなったものです。

最初に出会ったDari Kは「Bean-to-Bar」という言葉が広まる前から農家と向き合っていた工房、その後出会ったMinimalは「Bean-to-Bar」を前面に押し出して市場を広げた工房——

たまたま順番に出会った2店で当時は「へーBean-to-Barって言うんだ」くらいでしたが、改めて調べてみると日本のBean-to-Barの広がりを担った2つのチョコレートメーカーで驚きました。

マス化しなかったムーブメント——コーヒーもチョコも

サードウェーブ・コーヒーも Bean-to-Bar も、 「マス化」したわけではありません

日本でサードウェーブ系の代表格といえば、清澄白河で日本一号店を開いた ブルーボトルコーヒー や、スターバックスが高品質豆ラインとして取り込んだ スタバ リザーブ 。これらの店舗数を見てみると——スタバ本体が日本全国で 2,000店 超(2025年2月達成)に対し、 スタバ リザーブは62店舗ブルーボトルは28店舗 ほど(2024年時点)。桁で違います。市場を塗り替えるほどの波ではなかった——というのが正直なところです。

Bean-to-Bar も似た経路を辿りそうです。ゴディバやリンツを押しのけるのではなく、 「こだわる人向けの選択肢」として静かに定着していく ファン・市場の作り方にみえますね。


【工程】カカオ豆 → 板チョコの全ステップ(7工程)

Bean-to-Barを理解するには、まず「チョコレートってどうやって作るの?」を知る必要があります。

カカオ豆が板チョコになるまで、実は7つの工程があります。

大量生産チョコもBean-to-Barも、基本的にはこの7ステップを踏みます。違うのは「誰がやるか」(=自社でやるかor他社の物を購入するか)と「どこまでこだわるか」になります。

工程1:収穫と発酵

カカオの実(カカオポッド)は、ラグビーボールくらいの大きさで、木の幹に直接ぶら下がっています。

実を割ると、中に白い果肉(パルプ)に包まれたカカオ豆 が30〜50粒ほど入っています。この豆を果肉ごと取り出して、バナナの葉で覆い、5〜7日間発酵 させます。

出典:@dari_k.cacao — カカオの実から豆を取り出す様子

発酵はチョコレートの味を決める最も重要な工程の一つです。発酵の温度や期間で、酸味・フルーティーさ・苦味のバランスが大きく変わります。ワインのぶどうを踏む工程に近いかもしれません——ここで手を抜くと、どんなに後の工程を頑張っても取り戻せません。

工程2:乾燥

発酵が終わったカカオ豆を、天日で1〜2週間 乾燥させます。水分含有量を60%前後から7%以下 にまで落とす工程です。

乾燥が不十分だとカビが生えます。逆に乾燥させすぎると風味が飛ぶ。ここまでが「産地側」の仕事で、通常はカカオ農家が担当します。

Bean-to-Barの場合は、農家と直接やり取りすることで間接的に関わります。

出典:@dari_k.cacao — 発酵・乾燥を経たカカオ豆


ここからが「チョコレートを作る側」の仕事です。

Bean-to-Barメーカーは、この先の全工程を自社でやります。一方、大量生産チョコの場合、工程3〜5(ロースト〜カカオマス化)は Barry Callebaut や Cargill などの大手グラインダー が担当し、明治やHershey’sなどの製菓メーカーは、出来上がったカカオマス・カカオバターを仕入れて 工程6(コンチング)以降 をやる、という分業構造になっています。

工程3:選別とロースト(焙煎)

乾燥した豆を一粒ずつ選別し、虫食い・カビ・未発酵の豆を取り除きます。

出典:@dari_k.cacao — カカオ豆の選別作業

選別後、130〜150℃で20〜40分 ほどロースト。コーヒーの焙煎と同じで、温度と時間でフレーバーが決まります。浅煎りならフルーティーで酸味が強く、深煎りなら苦味とコクが強調されます。

Bean-to-Barのメーカーは、この焙煎プロファイル(温度カーブ)を産地ごとに細かく調整しています。ベトナムの豆とマダガスカルの豆では、最適な焙煎温度が違うのです。

出典:@minimal_beantobarchocolate — カカオ豆の焙煎工程

工程4:クラッキングとウィノウイング

焙煎した豆の殻を割って(クラッキング)、風で殻と中身を分離します(ウィノウイング)。残った中身がカカオニブ ——チョコレートの「核」です。

カカオニブをそのまま食べると、非常に苦くてカリカリしています。ナッツのような食感で、チョコレートの味の片鱗を感じるけれど甘さはゼロです。

工程5:メランジング(磨砕)

カカオニブを石臼(メランジャー) で何時間もすり潰します。ニブに含まれる油脂(カカオバター)が溶け出して、粒子が細かくなり、ザラザラだったニブがだんだんとろりとしたペースト——カカオマス に変わっていきます。

出典:@dari_k.cacao — カカオグラインダー(メランジャー)でカカオニブを擦り潰す工程の動画

ここで砂糖を加えます。Bean-to-Barのシンプルなダークチョコの場合、材料は「カカオ豆」と「砂糖」の2つだけ です。

工程6:コンチング(精錬)

メランジングで得られたチョコレート生地を、24〜72時間 かけてゆっくり撹拌し続けます。

コンチングには2つの役割があります。

酢酸などの不快な揮発成分を飛ばす ことと、もう1つは粒子をさらに滑らかにする ことです。

工程の長さが、舌触りのなめらかさに直結します。

大量生産メーカーは効率化のためにコンチング時間を短縮する傾向がありますが、Bean-to-Barのメーカーは48〜72時間かけるところも珍しくありません。

ちなみに「コンチング」という名前は、19世紀にスイスのルドルフ・リンツが発明した機械が貝殻(conche)の形に似ていたことに由来します。

工程7:テンパリングと成形

最後に、チョコレートをテンパリング します。温度を上げて → 下げて → また少し上げる——この精密な温度操作で、カカオバターの結晶構造を整えます。

テンパリングが成功すると、パキッと割れる食感、つやのある光沢、口に入れたときの滑らかな溶け方が生まれます。テンパリングに失敗すると、表面に白い粉(ブルーム)が出たり、食感がボソボソになったりします。

テンパリング後、型に流して冷却します。

これで、ようやく板チョコの完成 です!


カカオ豆 → 発酵 → 乾燥 → 焙煎 → クラッキング → メランジング → コンチング → テンパリング → 成形

一枚の板チョコを作るまでに、これだけの工程が必要です。


【比較】大量生産チョコ vs Bean-to-Bar——何が違うのか

同じ7工程を踏むのに、なぜ価格が10倍も違うのか。

項目大量生産チョコBean-to-Bar
原料の調達商社経由で複数産地のカカオマスを購入カカオ豆を農家から直接仕入れ
工程の担当発酵〜乾燥は産地、加工は専門業者、成形はメーカー焙煎〜成形を1つの工房で一貫
ブレンド味を均一にするため複数産地をブレンドシングルオリジン(単一産地)が主流
添加物レシチン(乳化剤)、バニリン(香料)、植物油脂カカオ豆と砂糖のみ(2成分)のものも
コンチング時間数時間〜十数時間24〜72時間
1ロットの生産量数トン〜数十トン数十kg〜数百kg
価格帯(1枚)150〜300円1,500〜2,500円

「カカオマスから作る」と「カカオ豆から作る」の違い

ここが大量生産チョコレートとBean-to-Barの最大の違い・ポイントです。

大量生産チョコの原材料表示を見ると、「カカオマス、砂糖、カカオバター……」と書いてあります。つまり、メーカーはすでに加工済みのカカオマスを仕入れて チョコレートに仕上げている。カカオ豆の状態から扱っているわけではありません。

一方、Bean-to-Barは名前の通り「豆(Bean)から」始めます。焙煎の温度、コンチングの時間、砂糖の量——すべてを自分たちで決めることができます。

また、産地やカカオ豆の特性を生かしてこだわって作ることができる代わりに、カカオ豆の不作や不出来などのリスクもBean-to-Barメーカーがすべて引き受けます。

価格差の内訳

Bean-to-Barが高い理由を分解してみます。

コスト要因大量生産Bean-to-Bar差の理由
カカオ豆先物市場で一括購入農家から直接購入(プレミアム価格)農家への支払い単価が2〜4倍
設備大規模工場で効率化小型の石臼・焙煎機少量生産だと設備費を回収しづらい
人件費自動化された工場ライン手作業の工程が多いコンチング72時間を見守る人が必要
歩留まり安定(均一な豆を大量処理)変動(産地・ロットで品質が違う)選別で弾く豆の割合が多い
ロット数1回で数トン1回で数十kg規模の経済が効かない

つまり、Bean-to-Barが高いのは「ブランド料」や「おしゃれ代」ではなく、構造的にコストがかかる からです。少量生産で全工程を自社管理すれば、どうしても1枚あたりの単価は上がります。


【時間がない方へ】 基本編はここまでです。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。以下の深掘り編は、時間のある時にじっくりお読みください。


【深掘り】産地別テロワール——同じカカオでもこんなに味が違う

ワインに「テロワール」があるように、カカオにもテロワールがあります。土壌、気候、標高、品種、発酵方法——これらの違いが、チョコレートの味にダイレクトに反映されます。

大量生産チョコでは複数産地の豆をブレンドして「均一な味」を目指しますが、Bean-to-Barでは産地ごとの個性をそのまま活かす のが基本方針。だからこそ、産地による味の違いがはっきりわかります。

ここから、代表的な4産地——ベトナム・ガーナ・エクアドル・マダガスカル——を見ていきます。地図のマーカーをクリックすると、それぞれの味の特徴が出ます。

マーカーをクリックすると、各産地のカカオの味の特徴がわかります

ベトナム

フルーティーで酸味が明るく、赤いベリーやスパイスのニュアンスがあるのが特徴。MAROU がベトナム各省のカカオで作るシングルオリジンバーは、この特徴をよく表しています。

私自身、ベトナムで買ってきたMAROUのバーを食べてみると、たしかに鼻先にベリーのような香りが立ち上がって、それでいて軽くならないしっかりした味わいでした。「フルーティーだけど骨太」——書くと矛盾しているようですが、食べると納得します。

ベトナムのカカオ栽培は歴史的にはフランス植民地時代に始まりましたが、本格的に産業として再興したのは2000年代以降。比較的新しい産地ですが、品質の高さで急速に評価を上げています。

ガーナ

世界第2位のカカオ生産国。クラシックな「チョコレートらしい」味わいで、ナッツのような風味と穏やかな苦味が特徴です。

市販のチョコレートの多くがガーナ産カカオを使っているため、私たちが「チョコレートの味」として思い浮かべるのは、実はガーナ産カカオの味であることが多い。裏を返せば、ガーナ以外の産地のカカオを食べると「これもチョコレートなの?」と驚くことになります。

エクアドル

「アリバ・ナシオナル」と呼ばれる在来品種が有名で、花のような華やかな香り(フローラル)が際立ちます。ジャスミンやオレンジの花を思わせる独特のアロマ。

エクアドルは世界のファインカカオ(高品質カカオ)の生産量でトップクラス 。国際ココア機関(ICCO)が認定するファインカカオの産地として、品質面での評価が非常に高い国です。

マダガスカル

柑橘系の酸味と明るい果実味が強烈。「これ、本当にチョコレート?」と聞きたくなるほどフルーティーです。ラズベリーやパッションフルーツを思わせる酸味があり、Bean-to-Bar初心者が「産地で味が違う」ことを体感するなら、マダガスカル産が一番わかりやすいかもしれません。

テロワールの「見える化」

Bean-to-Barのメーカーは、こうした産地ごとの味をパッケージに明記しています。カカオの含有率(70%、80%など)だけでなく、産地名・農園名・収穫年まで記載するメーカーもあります。

ワインのラベルと同じ発想です。「どこの、誰が、いつ作ったカカオなのか」がわかる。このトレーサビリティ が、大量生産チョコとの決定的な違いです。

出典:@minimal_beantobarchocolate — Bean-to-Barで仕上がった板チョコ


【深掘り】MAROUはなぜベトナムで成功したのか

世界のバレンタインはなぜこんなに違うのか? で詳しく書きましたが、MAROUはベトナム発のBean-to-Barブランドとして、世界的な成功を収めています。

ここでは「なぜベトナムだったのか」に絞って考えてみます。

産地で作る「オリジンメーカー」という優位性

Bean-to-Barの多くは、消費国(アメリカ、ヨーロッパ、日本)にある工房がカカオ豆を輸入して加工します。しかしMAROUはカカオの産地であるベトナムで直接製造 しています。

これは大きなアドバンテージです。

  • 鮮度: 収穫から加工までの時間が短い。輸送中の品質劣化がない
  • 農家との関係: 500以上のカカオ農家と直接取引。発酵の方法まで指導できる
  • コスト: 豆の輸送コストがほぼゼロ。その分を品質と農家への支払いに回せる

カカオの産地で、しかも高品質なチョコレートを作れるメーカーは世界的にもまだ少数です。

フランス植民地時代の「遺産」

ベトナムのカカオ栽培は、19世紀後半のフランス植民地時代に持ち込まれたのが始まりです。戦争を経て一度は途絶えましたが、2000年代に国際支援で復活しました。

そこに、フランス人2人——サミュエル・マルタとヴァンサン・ムルーが2011年に現れた。フランスのチョコレート文化とベトナムのカカオ。100年越しの巡り合わせです。

さらに、ベトナム国内にはフランス植民地時代の影響で「フランス的なもの」への親和性がありました。バインミー、ベトナムコーヒー——フランス由来の食文化が日常に溶け込んでいる国だからこそ、フランス人が作るプレミアムチョコレートが自然に受け入れられた。

ベトナムカカオの「多様性」

MAROUは、ベトナム国内の複数の省 (ベンチェ、バリア、ラムドン、ティエンザン、ダクラクなど)から異なるカカオ豆を調達し、産地ごとに別のバーを作っています。ベンチェ78%、バリア76%、ラムドン74%——省ごとにカカオの品種や土壌が異なるため、同じベトナム国内でもテロワールの違いが出ます。

1つの国の中でこれだけの多様性があるのは珍しく、「ベトナムカカオ」という大きなくくりではなく「ベンチェのカカオ」「ラムドンのカカオ」というレベルで語れます。

これがMAROUのブランドストーリーの核になっています。


【深掘り】Bean-to-Barの「高い」は本当に高いのか——1枚あたりのカカオ農家取り分

今回の記事で、特に伝えたかったポイントです。

カカオ価格の記事 で、大量生産チョコ200円のうちカカオ農家に届くのは約14円(約7%) という話をしました。

では、Bean-to-Barではどうなのか。

ダイレクトトレードの「中身」

Bean-to-Barのメーカーの多くはダイレクトトレード(農家との直接取引)を掲げています。先物市場を介さず、農家と直接価格を交渉する。

一般的に、ダイレクトトレードでのカカオ豆の買取価格は、市場価格の2〜4倍 とされています。先物市場の基準価格が長らく1トン3,500ドル前後だった水準で考えると、ダイレクトトレードでは7,000〜14,000ドル程度になる計算です(※2024年にはこの基準価格が一時 12,000ドル超 まで急騰し、2026年現在は約5,000ドルで推移しています。詳しくは カカオ価格の記事 )。

この差額が、そのまま農家の収入増につながります。

Bean-to-Barのコスト構造(公開データ)

正直に書くと、日本のBean-to-Barメーカーで原価率を公開しているところはほぼありません。ただ、海外には透明性の高いデータがあります。2025年にアムステルダムで開かれたBean-to-Barの国際会議 Chocoa の議論を踏まえて、参加者の Coeur de Xocolat が公開した試算 が以下です(英国のクラフトチョコレート1枚/50g/£8、約1,600円)。

項目割合
カカオ豆・製造25%
国際配送・輸入21%
流通・保管15%
マーケティング・小売25%
為替・融資3%
利益11%

出典: Coeur de Xocolat - True Cost of a Craft Chocolate Bar(2025年Chocoa Conference報告)

ポイントは 「カカオ豆と製造で25%」 という点。一般的な板チョコは「カカオ農家の取り分が約7%」が天井でしたが、クラフトチョコでは「カカオ・製造」だけで4分の1を占める計算になります。

具体的な金額を公開しているメーカーもあります。エクアドルの To’ak Chocolate は、農家への支払いを地元市場価格の 220〜700% 、フェアトレード最低価格の 270〜820% に設定していると2021年の透明性レポートで公開しています。割合のデータではありませんが、Bean-to-Barが農家に桁違いの金額を支払っている ことの裏付けにはなります。

ダイレクトトレードも万能ではない

ただし、ダイレクトトレードには限界もあります。

  • スケールしにくい: 一軒一軒の農家と直接交渉するため、大量調達には向かない
  • 認証基準がない: 「ダイレクトトレード」には統一された認証制度がない。自称ダイレクトトレードも存在する
  • 農家の依存リスク: 特定のメーカーに販路を依存すると、そのメーカーが買い付けをやめたときに農家が困る
  • 品質指導のコスト: 発酵や乾燥の品質を維持するために、メーカーが農家に技術指導を行う必要がある。これも見えないコスト

フェアトレードのように第三者機関が認証する仕組みとは違い、ダイレクトトレードは「メーカーの善意」に依存する部分が大きい。だからこそ、どのメーカーから買うかが重要になります。

「高い」の意味を考え直す

Bean-to-Barの1枚2,000円は、大量生産の1枚200円と比べたら確かに高いです。

でも視点を変えてみると——

  • スペシャルティコーヒー1杯が500〜800円
  • クラフトビール1本が500〜1,000円
  • クラフト日本酒(純米大吟醸など)1合が1,000〜2,000円

こう見ると、Bean-to-Barのチョコレート1枚2,000円は、クラフト系の食品としてはそこまで突飛な価格ではありません。

むしろ問い直すべきは、大量生産チョコ の場合の農家の取り分の少なさかもしれません。

大量生産のチョコの場合、農家の取り分は約7%。カカオ価格の記事 で書いた通り、誰かの犠牲が含まれている状態です。

大量生産のチョコレートの200円の7%とBean-to-Barの2,000円の25%——単純計算で 14円と500円の差 があるという事実は、チョコレートをどう買うか考えるきっかけになるかもしれません。


【実践】初めてのBean-to-Bar おすすめの選び方

まずは「産地の違い」を体感する

Bean-to-Barを初めて試すなら、同じメーカーの産地違い を2枚買うのがおすすめです。

たとえば、同じメーカーのマダガスカル70%とベトナム70%を食べ比べる。カカオ含有率が同じなのに味がまったく違うことに驚くはずです。これが「テロワール」の体験につながります。

日本のBean-to-Barメーカー

日本にも優れたBean-to-Barメーカーがあります。

メーカー拠点特徴
Minimal(ミニマル)東京・富ヶ谷2014年〜。日本でのBean-to-Bar認知拡大を牽引。フレーバーの解説が丁寧
ダンデライオン・チョコレート東京・蔵前サンフランシスコ発。カフェ併設で雰囲気も楽しめる
green bean to bar CHOCOLATE東京・中目黒発(福岡、京都にも)店頭で工房が見学できる
Dari K(ダリケー)京都2011年〜。インドネシア・スラウェシ島の農家と直接取引。「Tree to Bar」を標榜

海外のおすすめブランド

メーカー拠点特徴
MAROUベトナム前述のオリジンメーカー。ベトナム7省の食べ比べが楽しい
Dandelion Chocolateアメリカ日本にも直営店あり(蔵前・伊勢丹新宿など)
Dick Taylorアメリカカリフォルニア州北部の小さな工房。日本公式サイトはないが、Amazonで並行輸入品が買える。パッケージデザインも美しい

選ぶときのチェックポイント

  1. 原材料表示: 「カカオ豆、砂糖」の2成分だけなら、シンプルなBean-to-Bar。レシチンやバニリンが入っていても悪くはありませんが、カカオ本来の味を楽しむなら少ない方がいい
  2. カカオの産地: 国名だけでなく、地域や農園名まで書いてあるとトレーサビリティが高い
  3. カカオ含有率: 初心者は65〜72%あたりが食べやすい。80%以上は苦味が強く、上級者向け

まとめ:Bean-to-Barは「高い」のではなく、大量生産チョコが安すぎる

Bean-to-Barは、カカオ豆の選定から板チョコの完成まで、7つの工程を一つの工房で一貫して行う製造スタイルです。

大量生産チョコとの価格差——200円 と 2,000円——の理由は、ブランド料ではなく構造的なものと言うことがわかりました。

少量生産で全工程を自社管理し、農家にまともな対価を支払えば、この価格になります。

Bean-to-Barは産地ごとに味が違う(テロワール)ことを楽しめるのが最大の魅力です。

ガーナの「チョコらしい」味、マダガスカルの「フルーティー」な味、ベトナムの「スパイシー」な味——同じカカオ豆から作っているとは思えないほど、個性が出ます。

そして、Bean-to-Barメーカーが農家に支払うカカオ豆の単価は、市場価格の 2〜4倍 が標準。エクアドルの To’ak Chocolate のように、地元市場価格の 220〜700%(つまり2.2〜7倍) を支払うことを公開している工房もあります(2021年の透明性レポート)。「美味しいから選んでいたら、結果的にお金の流れも変わっていた」——それがBean-to-Barの面白いところです。

「農家のために買おう」と構える必要はありません。まずは1枚、産地が違うチョコレートを2つ並べて食べ比べてみてください。「え、全然味が違う」と驚いた瞬間が、Bean-to-Barの入り口です。


参考情報

関連書籍

参考URL

共有:

📚関連記事