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古典の桜は白かった──現代人が思い浮かべる桜と百人一首の桜は別物

古典の桜は白かった──現代人が思い浮かべる桜と百人一首の桜は別物
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この記事で分かること(3行まとめ)

  • 百人一首で詠まれた「花」は白いヤマザクラ——ソメイヨシノではない
  • ソメイヨシノは江戸末期生まれの「新参者」で、歴史はわずか200年足らず
  • 日本の野生の桜は10種。寿命500年超のエドヒガンから、高山のタカネザクラまで

「桜」と聞いて、どんな花を思い浮かべますか。

たぶん、淡いピンクの花が木全体を覆い尽くす、あの光景でしょう。花びらが風に舞い散るソメイヨシノ——日本人にとっての「桜のイメージ」そのものです。

でも、百人一首で詠まれた桜はあの花ではありません。古典の桜は、白かった のです。


結論:ソメイヨシノは「新参者」

先に結論をお伝えします。

現在の花見の桜のほとんどは ソメイヨシノ です。日本にある桜の 7〜8割 がこの品種ともいわれています(国立国会図書館)。

しかしソメイヨシノが生まれたのは 江戸時代末期 の品種改良によるものです。

百人一首が編まれた鎌倉時代(1235年頃)から見ると600年以上後のことですので、その頃にはソメイヨシノは存在しませんでした。

では、百人一首で詠まれた桜は、どんな花だったのでしょうか?

古典で詠まれた「花」は、山に自生する ヤマザクラ でした。

生まれてからまだ200年ばかりではありますが、すでに「日本の桜」の代名詞になっているソメイヨシノ——よく考えると、不思議な気がします。


【基礎】ヤマザクラとソメイヨシノ、決定的な違い

ヤマザクラとソメイヨシノ。

2つの桜は、まず、見た目が違います。

ソメイヨシノ——花だけの潔さ

ソメイヨシノの最大の特徴は、花が先に咲き、葉は後から出る ことです。

このため、花が散るまでは木全体がピンク一色に染まります。あの圧倒的な華やかさは、葉がないからこそ生まれる光景ですね。

ヤマザクラ——花と葉のコントラスト

一方、ヤマザクラは 花と葉が同時に開きます 。赤みを帯びた若葉と白い花が入り混じる、繊細な美しさが特徴です(BuNa)。

ソメイヨシノヤマザクラ
花の色淡いピンク白〜淡紅色
開花時の葉花が先、葉は後花と葉が同時
個体差なし(クローン)大きい
開花の揃い一斉に咲き、一斉に散る個体ごとにずれる
寿命60〜100年程度200〜300年

大きさも違います。ソメイヨシノが樹高10〜15mなのに対し、ヤマザクラは 20〜25m にまで育つことがあります。吉野山には約3万本のヤマザクラが植えられており、山肌を埋め尽くす光景は「一目千本」と称されています。

そしてもう一つ大きな違いが 個体差 です。

ソメイヨシノは全て同じ遺伝子を持つクローンなので、同じ気候なら同じタイミングで咲き、同じタイミングで散ります(詳しくは第4回で深掘りしています)。

ヤマザクラは個体ごとに遺伝子が違うため、同じ場所でも木によって開花時期がずれます

1本が満開のとき、隣はまだ蕾、向こうはもう葉桜。

一斉に満開になり、一斉に散るソメイヨシノと違って——長い期間にわたって桜を楽しめるのもヤマザクラならではです。


【時間がない方へ】 ここまででヤマザクラとソメイヨシノの違いがわかります。ここからは、古典で詠まれた桜の実像と日本の野生桜10種 を深掘りしていきます。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。

【深掘り】古典で詠まれた桜の実像

熊野古道の神社に咲く白い桜 熊野古道の神社にて。鳥居に寄り添う白い桜——古典で詠まれた「花」は、こんな風景だったのかもしれません

百人一首や古今和歌集で詠まれた「花」を、ヤマザクラとして読み直してみると、印象が変わります。

本居宣長の桜

敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花 ——本居宣長

「日本人の心とは何かと聞かれたら、朝日に照り映える山桜の花だ」。

本居宣長は、江戸時代の国学者(文献学・言語学)です。宣長の時代(18世紀)にソメイヨシノはまだ存在しませんが、八重桜や枝垂れ桜など人の手で育てた 「里桜」 はすでに数多くありました。

里桜とは、主にオオシマザクラを基に人工交配された栽培品種の総称です。八重咲きで花が大きく、豪華な姿が特徴の桜です。

宣長が「桜花」ではなく 「山桜花」 とあえて詠んだのは、人為的に改良された里桜ではなく、山に自生する野生の桜——つまり日本の風土そのものを選んだということです。

宣長は、中国由来の理屈や道徳で物事を判断する考え方を「漢意(からごころ)」と呼び、それを退けました。理屈ではなく、美しいものを素直に美しいと感じる心——それが宣長の言う「大和心」です。

人の手が加わった華々しい里桜ではなく、山に自然と咲く素朴だけど凛とした野生の山桜を選んだのは、まさにその思想の表れです。

ヤマザクラは樹高20mを超える大木にもなります。山にそびえる大木の白い花に朝日が射す——そう想像すると、この歌のスケール感はまったく変わってきます。

西行の桜

願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ ——西行

「できることなら桜の下で春に死にたい」。

西行は平安末期〜鎌倉初期の僧侶・歌人(1118〜1190年)で、もとは北面の武士でしたが23歳で出家し、各地を旅しながら歌を詠みました。

ここで詠まれた「花」もヤマザクラです。

ヤマザクラの赤みを帯びた若葉と白い花がちらちらと混ざり合う下で——と想像すると、現代のソメイヨシノの花吹雪とはまた違う静謐な情景が浮かびます(びお)。

どの桜を思い浮かべるかで、イメージが随分違うのは面白いですね。

吉野山の桜

桜の名所として名高い 吉野山(奈良県)の桜は、ソメイヨシノではなく ヤマザクラ が中心です。約3万本のうちの大半がヤマザクラです。

吉野山下千本の桜 吉野山の「一目千本」。山肌を埋め尽くすのはヤマザクラ 出典:Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

古の人が「花見」と言えば吉野山。そこに咲いていたのは白い山桜だった——私たちが持つ「花見=ピンク」のイメージとは、だいぶ違う風景です。


【深掘り】桜守が語るソメイヨシノの「画一性」

京都の桜守・佐野藤右衛門 氏は、ソメイヨシノについてこんな趣旨のことを語っています。

ソメイヨシノは「同じ衣裳をつけて、同じ髪型で、同じ喋り方をする桜」だと。

全てがクローンだから、咲き方も散り方も均一です。

一方、ヤマザクラは一本一本が個性を持ち、同じ花は二つありません(びお)。

もちろん、ソメイヨシノの華やかさにはソメイヨシノの良さがあります。一斉に咲いて一斉に散る潔さは、日本人の美意識に深く響くものがあるのは確かです。

ただ、古典で愛されていた桜は、もっと多様で、もっと繊細な花だった——そのことは知っておいてよいかもしれません。


【基礎】日本の野生の桜は10種

日本に自生する野生の桜(基本種)は 10種 あります。

種名特徴
ヤマザクラ最も代表的な野生種。西日本に多い
オオヤマザクラ北海道〜本州の山地。花はやや大きく濃いピンク
カスミザクラヤマザクラに似るが開花がやや遅い
オオシマザクラ伊豆諸島原産。葉は桜餅に使われる。ソメイヨシノの片親
マメザクラ富士山周辺に分布。小型で標高の高い場所に咲く
エドヒガン寿命が非常に長い。ソメイヨシノのもう一方の片親
クマノザクラ2018年に新種認定。紀伊半島南部に分布
チョウジザクラ東北〜関東の山地。花がT字(丁字)形
ミヤマザクラ高山帯に分布。日本海側に多い
タカネザクラ最も標高の高い場所に咲く桜

BuNa

なお、沖縄に分布する カンヒザクラ は中国・台湾原産の外来種で、厳密には日本固有の野生種には含まれません。クマノザクラは2018年に約100年ぶりの新種として認定された、最も新しい野生桜です。

これらの野生種をもとに、交配や選抜によって 約400以上の園芸品種 が生まれました。ソメイヨシノは、エドヒガン × オオシマザクラの交配で生まれた園芸品種の一つです。

エドヒガンの驚異的な寿命

10種の中で特筆すべきは エドヒガン の寿命です。

山梨県北杜市の 山高神代桜(やまたかじんだいざくら)はエドヒガンの古木で、推定樹齢は 約2,000年 とも言われています。

日本武尊が植えたという伝説が残りますが、科学的な検証は難しく、少なくとも1,000年以上であることは確実とされています。日本三大桜の一つで、国の天然記念物に指定されています。

ソメイヨシノの寿命が60〜100年程度であることを考えると、その差は歴然ですね。

エドヒガンの遺伝子はソメイヨシノにも受け継がれていますが、交配種であるソメイヨシノの寿命は60〜100年程度にとどまります。


【実践】ヤマザクラの見分け方

今年の花見で、ソメイヨシノとヤマザクラを見分けてみませんか。

ソメイヨシノの花のアップ。花弁5枚が鮮明に見える ソメイヨシノの花弁は5枚。幹から直接咲く「胴吹き」も見られる

ポイントは3つです。

  1. 花と葉のタイミング :花だけならソメイヨシノ、赤みを帯びた若葉が一緒に出ていたらヤマザクラ
  2. 花の色 :淡いピンクならソメイヨシノ、白に近ければヤマザクラの可能性
  3. 周囲の木との咲き具合 :全部同じタイミングで咲いていたらソメイヨシノ(クローン)、バラバラならヤマザクラ

公園の桜はほとんどソメイヨシノですが、山や神社の境内にはヤマザクラが残っていることがあります。白い花と赤みを帯びた若葉のコントラストを見つけたら、それが古典で詠まれた桜の姿です。


まとめ:古典の桜は、もっと静かで、もっと多様だった

私たちが「桜」と聞いてイメージするピンクの花は、わずか200年の歴史しかないソメイヨシノです。

しかしながら、1000年以上にわたって和歌に詠まれ、花見で愛されてきた「花」は、白いヤマザクラです。

花と葉が同時に開く繊細な姿、個体ごとに異なる開花時期——古典の桜は、もっと静かで、もっと多様でした。


🌸 桜を深掘るシリーズ

  1. 桜は国花なのに法律で決まっていない
  2. 万葉集では桜は不人気だった
  3. 古典の桜は白かった(この記事)
  4. ソメイヨシノは全部クローン
  5. 桜餅の東西問題

よくある質問

ヤマザクラとソメイヨシノの違いは何ですか?

最大の違いは開花時の姿です。ソメイヨシノは花が先に咲いて葉は後から出るため、木全体がピンク一色になります。ヤマザクラは花と葉が同時に開くため、白い花と赤みを帯びた若葉のコントラストが特徴です。

ソメイヨシノはいつ生まれた品種ですか?

江戸時代末期(幕末〜明治初期)に、東京・染井村(現在の豊島区駒込)でエドヒガンとオオシマザクラの交配により生まれました。まだ200年に満たない歴史の浅い品種です。


参考情報

関連書籍

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