桜は国花? 実は法律で決まっていない──桜と菊、2つの国花の話
【読了時間:約10分 / 要約のみなら3分】
この記事で分かること(3行まとめ)
- 日本に法律で定められた国花は存在しない——桜も菊も「慣習上の国花」
- 桜=国民の花、菊=皇室の花——それぞれ違う役割を担っている
- パスポートの菊紋と皇室の菊の御紋は、実はデザインが違う

「日本の国花は?」
こう聞かれたら、たいていの人は「桜」と答えるのではないか、と思います。
春になれば桜前線が日本列島を北上し、全国の開花が日々のニュースになる。桜が国花だと思うのは当然ですね。
一方、「あれ、菊は?」という声もあるでしょう。
パスポートにも菊の紋があるし、皇室の紋章も菊ですね。菊も国花じゃないの?
実は——どちらも国花で、しかもどちらも法律では定められていません。
結論:日本に「法定の国花」は存在しない
先に結論をお伝えします。
日本には、法律で「これが国花です」と定めた規定がありません。
広辞苑では「桜または菊」、明鏡国語辞典では「サクラ・キク」と記載されていますが、あくまで慣習として2つの花が国花の地位にあるだけです(花を知る場所)。
国旗や国歌には法律(国旗及び国歌に関する法律、1999年制定)がありますが、国花にはそういった法的根拠はないのです。
小さい頃、図鑑で世界の国鳥や国花などをみた記憶があるのですが、なんだか不思議な感覚になってしまいます。
【基礎】桜=国民の花、菊=皇室の花
2つの花が国花として並び立つ背景には、それぞれの花が担う「役割」の違いがあります。
桜——国民に愛された花
桜は、日本で最も広く親しまれている花です。開花予想がニュースになる花 は、世界を見渡しても桜くらいでしょう。
気象庁が毎年発表する「桜の開花宣言」。この基準となる標本木は全国に約60か所あり、東京の標本木は靖国神社の境内にあります。
春になると「東京で桜が開花しました」というニュースが流れますが、あれは靖国神社のソメイヨシノで 5〜6輪以上の花が咲いた のを職員が目視で確認した最初の日のことです。この基準は「木全体が咲き始めた」と判断できる最低ラインとして気象庁が定めています。
菊——皇室の象徴
一方の菊は、皇室の家紋「菊の御紋」のモチーフです。
菊が皇室の花になったきっかけは、後鳥羽上皇(1180〜1239年)が菊を殊のほか好んだこと です。退位後に院政を敷いていた上皇は、衣服や調度品に菊花紋を用い、自ら鍛えさせた刀にも十六弁の菊紋を彫り込んだといわれています。後の天皇たちも使い続けたことで、皇室の紋章として定着しました(Wikipedia「菊花紋章」)。
菊はもともと中国から伝来した花で、長寿や高潔の象徴です。なお、中国の皇帝が使ったのは龍であり、菊を皇室の紋章にしたのは日本独自の文化です。
さらに面白いのが、パスポートの菊紋と皇室の菊の御紋は、実はデザインが違う ことです。
| 花弁の構造 | 使われる場所 | |
|---|---|---|
| 十六一重表菊 | 花弁が1列(16枚) | パスポート、国会議員の議員バッジ |
| 十六八重表菊 | 花弁の間にさらに花弁がある | 皇室の菊の御紋 |
出典:Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
「一重」は花弁が1列だけで、花弁の間に隙間があります。「八重」は花弁と花弁の間にさらに花弁が重なり、ぎっしり詰まった豪華なデザインです。
【時間がない方へ】 ここまでで日本の国花が法律で定められていないこと、桜と菊がそれぞれ違う役割で国花になっていることがわかりました。ここからは、菊紋の意外な歴史、世界の国花事情、日本の「国のシンボル」の全体像 を深掘りしていきます。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。
【深掘り】菊の御紋は、最初から菊ではなかった
皇室の紋章は最初から菊だったわけではありません。
元々は 桐竹紋(五七桐) が使われていました。五百円硬貨の裏面にも桐が描かれています(硬貨のデザインは五三桐)。
五百円硬貨の裏面に描かれた桐(五三桐)
菊紋が正式に皇室専用と定められたのは明治2年(1869年)の太政官布告——つまり、菊の御紋の歴史はまだ 150年ちょっと 。
国花が法律で定められていないのに、菊の紋章は法律で定められているというのも、なかなか面白い話ですね。
【深掘り】世界の国花事情——2つ持つ国は珍しくない
日本は、桜と菊の2つが国花ですが、実は「国花が2つ」は日本だけの話ではありません。
主要国の国花を一覧にしてみます。
| 国 | 国花 | 法定 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 🇯🇵 日本 | 桜・菊 | × | 慣習上で2つの国花 |
| 🇺🇸 アメリカ | バラ | ○ | 1986年にレーガン大統領が署名 |
| 🇬🇧 イギリス | バラ(イングランド) | × | 4地域で異なる(スコットランド=アザミ、ウェールズ=ラッパスイセン、北アイルランド=シャムロック) |
| 🇫🇷 フランス | ユリ(フルール・ド・リス) | × | 王政時代からの紋章。名前は「ユリの花」だが、実際はアイリス(アヤメ)とする説もあり |
| 🇩🇪 ドイツ | ヤグルマギク | × | プロイセン王家が愛した花。統一ドイツの象徴に |
| 🇮🇹 イタリア | (曖昧) | × | ユリやヒナギクが挙がるが公式な定めなし |
| 🇨🇦 カナダ | (なし) | × | 国花は未制定。国樹はカエデ(1996年勅令で制定)。各州に州花あり |
| 🇨🇳 中国 | 牡丹(事実上) | × | 正式な国花は未確定 |
| 🇰🇷 韓国 | ムクゲ(ムグンファ) | × | 「永遠に枯れない花」の意味。国歌にも登場 |
| 🇮🇳 インド | ハス | ○ | ヒンドゥー教・仏教の聖花 |
| 🇹🇭 タイ | ゴールデンシャワー | ○ | 黄色は王室の色 |
| 🇻🇳 ベトナム | ハス | × | 蓮の実や蓮茶など料理にも広く使われる |
| 🇮🇩 インドネシア | ジャスミン・胡蝶蘭・ラフレシア | ○ | 3つの国花 を大統領令で制定(1993年) |
| 🇳🇱 オランダ | チューリップ | × | 17世紀以降の栽培で国の象徴に。現在も世界最大の輸出国 |
| 🇨🇭 スイス | エーデルワイス | × | アルプスの象徴として国民に広く親しまれている |
| 🇹🇷 トルコ | チューリップ | × | オスマン帝国時代から宮廷文化の象徴 |
| 🇧🇴 ボリビア | カントゥータ・パトゥフ | ○ | 花の色が国旗と同じ赤・黄・緑 |
| 🇿🇦 南アフリカ | キングプロテア | ○ | 国章にも描かれる。南アフリカ固有の花 |
| 🇦🇺 オーストラリア | ゴールデンワトル | ○ | 1988年正式制定。9月1日は「ワトルの日」 |
地図上でも見てみましょう。国旗をクリックすると、国花の写真と情報が表示されます。
花の画像は全て Wikimedia Commons より。各画像のライセンスはポップアップ内に表示しています。
いくつか面白いポイントがあります。
インドネシアは国花が3つ 。ジャスミン(国民の花)、胡蝶蘭(魅力の花)、ラフレシア(希少の花)と、それぞれ役割が違います。ラフレシアは世界最大の花で、腐肉のような臭いを放つことで知られていますが、それが「国花」なのです。
チューリップは、オランダとトルコの2か国で国花とされています が、原産地はトルコの方。オスマン帝国の「チューリップ時代」(1718〜1730年)に花開いた宮廷文化が、やがてオランダに伝わって「チューリップ・バブル」を引き起こしました。
カナダは国花が未制定の国 。2017年の建国150周年に、Master Gardeners of Ontarioが実施した投票でバンチベリーという花が1位になったことがありますが、政府に正式採用されることはありませんでした(CBC)。国旗にも描かれるカエデは「国樹」として制定済みですが、花は未制定のままです。
世界的に見ると、法律で国花を定めている国は少数派 。日本の「法律で決まっていない」は、実はそれほど珍しいことではありません。
【深掘り】法律で決まっている「国のシンボル」は、実は2つだけ
国花が法律で定められていないなら、他の「国の○○」はどうなのでしょうか?
調べてみると、面白い事実が浮かび上がりました。
法律で定められているのは、国旗と国歌だけ です。
| カテゴリ | シンボル | 法的根拠 | 決定主体 | 決定年 |
|---|---|---|---|---|
| 国旗 | 日章旗(日の丸) | あり | 国会 | 1999年 |
| 国歌 | 君が代 | あり | 国会 | 1999年 |
| 国花 | 桜・菊 | なし | 慣習 | — |
| 国鳥 | キジ | なし | 日本鳥学会(文部省の依頼) | 1947年 |
| 国蝶 | オオムラサキ | なし | 日本昆虫学会 | 1957年 |
| 国石 | ヒスイ(翡翠) | なし | 日本鉱物科学会 | 2016年 |
| 国菌 | 麹菌 | なし | 日本醸造学会 | 2006年 |
| 国技 | 相撲 | なし | 慣習 ※ | — |
※ 相撲は「国技」として法的に定められたことはなく、「国技館」の名称から慣習的に認知されています。
国旗と国歌は「国旗及び国歌に関する法律」(1999年)で法制化されましたが、それ以外は全て 学会が選定したもの か、慣習的に認知されているもの になります。
学会が選ぶ「国の○○」
面白いのは、国鳥・国蝶・国石・国菌が、それぞれの専門学会によって選定されていることです。
国鳥のキジ は1947年、GHQの野鳥保護勧告を受けて文部省が日本鳥学会に依頼し、選定されました。日本固有種であること、「桃太郎」など日本文化に深く根差していることが理由です。
国石のヒスイ は2016年に日本鉱物科学会が選定。縄文時代から加工されてきた歴史の長さと、新潟県糸魚川市が世界的な産地であることが決め手でした。
そして 国菌の麹菌 。2006年に日本醸造学会が認定しました。日本酒、味噌、醤油、みりん、酢——日本の発酵食品文化の根幹を支える微生物が「国菌」になっている。「国菌」という概念自体、世界でも珍しいものです。
なぜ法律で定めないのか
国花を法制化しようという動きは、これまでほとんどありません。国旗・国歌の法制化ですら1999年まで待たねばならなかったことを考えると、国花の法制化はさらに優先度が低いのでしょう。
あえて法律で定めないのは、日本的な「曖昧さ」の美学なのかもしれません。国花は2つの花が「なんとなく」共存し、国技も法律ではなく建物の名前(国技館)で定着した——そのゆるやかさが、日本の国のシンボルのあり方そのものです。
まとめ:法律がなくても、桜は国花であり続ける
日本の国花は法律で決まっていません。桜と菊の2つが慣習的に国花となっており、世界的に見ても珍しくない形です。
法律なんかなくても、春になれば誰もが桜の開花を待ち遠しく思う。それが何よりの証拠です。
よくある質問
日本の国花は桜ですか?菊ですか?
どちらも国花とされていますが、法律で定められた国花は存在しません。桜は国民に広く親しまれる花として、菊は皇室の紋章として、それぞれ国花の地位を占めています。
パスポートの菊の紋と皇室の菊の御紋は同じですか?
異なります。パスポートは花弁が1列の「十六一重表菊」、皇室の菊の御紋は花弁の間にさらに花弁がある「十六八重表菊」です。