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ポケモンの「オイラ」は英語でどうなる?——一人称で性格が見える日本語の不思議

ポケモンの「オイラ」は英語でどうなる?——一人称で性格が見える日本語の不思議
【読了時間:約25分 / 要約のみなら3分】

この記事で分かること(3行まとめ)

  • 日本語は一人称だけでキャラクターの性格が伝わる、世界的にも珍しい言語
  • 『ぽこ あ ポケモン』の英語版は「I」しかない代わりに、方言・スラング・語彙で性格を補っている
  • 同じセリフを公式サイトで比較したら、中国語版では「オイラ」の素朴さがきれいに消えていた

居酒屋で隣の席の会話が聞こえてきたとき、「俺がさ〜」「あたしもー!」——それだけで、なんとなく友達同士だなと分かります。

「わたしは〜」と聞こえたら、少しフォーマルな関係かもしれない。

日本語話者は、一人称だけで相手の性格や関係性をイメージできます

一方、英語だと全部 “I” です。漏れ聞こえるだけでは、上司と部下なのか、恋人なのか、友達なのか——分かりにくい。

この違いが面白いなと実感したのは、2026年3月5日に発売された 『ぽこ あ ポケモン』(英題:Pokémon Pokopia、以下「ぽこポケ」)の配信を見ていたときでした。

このゲームでは、ポケモンたちが喋ります

しかも、一人称がポケモンの性格や特性によって個性的!

ゼニガメは「オイラ」、フシギダネは「ウチ」、ヒトカゲは「おれ」——一人称を見ただけで、そのポケモンの性格が伝わってきます。

配信者も、一人称で一喜一憂しています。(もちろん私自身も)

ん??ちょっと待てよ、この感覚を楽しめてるのは実は日本語だけなのじゃないの?

英語版ではどうやって表現しているの?フランス語や中国語では??

英語だと飲み屋やバーで漏れ聞こえる会話だけで関係性がわからない——そんな話を思い出し、ふと疑問に。

せっかくなので、公式サイトの多言語スクリーンショットと各メディアの記事から、調べてみました。


結論:日本語の一人称バリエーションは、世界でも異常に豊か

先に結論です。

日本語ほど一人称のバリエーションが多い言語は、世界的にほぼ存在しません。 そして、この豊かさが翻訳の最大の壁になっています。

言語一人称の数主な例
日本語数十種類私・僕・俺・ウチ・オイラ・ワシ・あたし・わたくし・拙者・吾輩…
タイ語約10種類ポム(男丁寧)・ディチャン(女丁寧)・チャン(女日常)・ヌー(年下→年上)…
韓国語2種類(日常)나(日常)・저(謙譲) ※본인(公的)や짐(王の自称)は特殊用途
中国語実質1種類我 ※方言には俺・咱なども存在するが、標準語では我のみ
英語1種類I
フランス語1種類je

タイ語が次に多いですが、タイ語は「性別」と「年齢の上下関係」の表現が中心。一人称で性格まで伝わる のは、日本語のほぼ独壇場です。

言語学では、こうした「話し方と人物像の結びつき」を 「役割語」 と呼びます(詳しくは後半の深掘りで)。

では、この「役割語」が通じない言語で、ポケモンたちの個性はどう伝わっているのでしょうか。


【比較】ぽこポケの一人称、日本語はこんなにバラバラ

まずは日本語版の一人称一覧を見てみます(GameWithGame8のデータを参照)。

ポケモン一人称その一語から受ける印象
ゼニガメオイラ素朴・下町っ子・人懐っこい
フシギダネウチギャルっぽい・元気な女の子
ヒトカゲおれやんちゃ・少年
カメックスワシ長老・貫禄・おじいちゃん
ヤドンおでのんびり・朴訥・マイペース
ストライクオレ様俺様系・自信家・ナルシスト
エビワラーオレ硬派・漢気
ビークインワタクシ上品・女王・威厳
コイキングぼく弱気・控えめ
うすチュウわたくしお嬢様・儚げ
モジャンボはかせワシ知識人・教授

実際のゲーム画面ではこんな感じです。

出典:@osukatana — ゼニガメ・フシギダネ・ヒトカゲの一人称比較(2026年3月)

面白いのは、進化すると一人称が変わる ポケモンがいることです。

ゼニガメ「オイラ」→カメール「オイラ」→カメックス「ワシ」。

素朴な少年が、進化を経て親方のような貫禄を身につけた——一人称の変化だけで、成長のストーリーが見えます。フシギダネ「ウチ」→フシギバナ「アタシ」も、ギャルがお姉さんになった感じがします。

ピカチュウ「ぼく」→ライチュウ「あたし」に至っては、進化で性格の印象まで変わっています。

さらに。

おれ/オレ、うち/ウチ、わたくし/ワタクシとひらがな・カタカナの違いもあります。

音は一緒なのに、言語化しにくいのですが、ひらがなの方が柔らかい・柔和・控えめ、カタカナの方が硬い・強気な印象になるのは気のせいではないはず。

全部「I」になる英語版の翻訳チーム、大変だったのではないでしょうか。

開発者の大森滋氏もファミ通のインタビューで、ローカライズがいちばん気を使った部分 だったと語っています。ポケモンたちの独特な口調を各言語に落とし込むのは、他のポケモン作品と比べても格段に難しかったそうです(ファミ通)。


【事件】ギャルヤドン、ギャルじゃなかった

ぽこポケの一人称がいかに「性格の手がかり」になっているかを象徴する事件がありました。

発売前のPVで、ヤドンがこう喋ったシーンが話題になりました。

「あ~ でもでも このあたりって じめんが デコボコで 歩きにくくてぇ~

出典:@denfaminicogame — ヤドンの一人称が「オデ」と判明、「ギャルヤドン」概念崩壊(2026年3月5日)

語尾の「ぇ~」。気だるげな伸ばし方。「でもでも」のリピート。

ファンはこれを見て、ヤドンはギャルだ と推測。

pixivisionが特集を組み、ファンアートが大量に投稿され、「ギャルヤドン」というムーブメントが生まれました。

ところが発売してみたら、ヤドンの一人称は 「おで」 でした。

「おで」——ギャルの一人称ではないですね。

どちらかというと、のんびりした田舎のおっさんです。

一人称が「おで」と分かった瞬間に、ファンが思い描いていたキャラ像が崩壊 しました。

語尾だけでギャルだと思い込み、一人称一語で覆される。——これが、日本語の一人称の威力です(電ファミニコゲーマーGame*Spark)。

実際に配信でヤドンのセリフを見ていると、全然ギャルじゃありません。

のんびりマイペースで、「おで」の語感そのまま。発売前のPVだけ聞いて「ギャルだ!」と盛り上がったファンの想像力がすごかったとも言えます。

出典:@yuu_yadonnn — 「おで」ヤドンのゲーム画面(2026年3月)

ちなみに、代わりにゲーム発売後に「ギャルっぽい」と注目されたのは フシギダネ でした。

一人称「ウチ」、あざと可愛い口調、ツルでハートマークを作る仕草——こちらは配信で見ていても確かにギャルです(インサイド理系社会人の日常)。

出典:@EtoileMelimelo — フシギダネのゲーム画面(2026年3月)


【時間がない方へ】 ここまでで、日本語の一人称がいかにキャラ性を左右するかが分かります。ここからは、他の言語ではこの豊かさをどう補っているのか を深掘りしていきます。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。


【深掘り】一人称が「I」しかない言語は、どう戦っているのか

公式サイトで見つけた「消えるオイラ」

ぽこポケの公式サイトは、日本語・英語・中国語(簡体/繁体)・フランス語・ドイツ語・スペイン語・イタリア語・韓国語の9言語で展開されています。同じゲーム画面のスクリーンショットが言語ごとに用意されていて、同一シーンのセリフを直接比較 できます。

ゼニガメのセリフを見てみます。

ゼニガメ「今日は一緒に行くよ」——3言語比較

言語ポケモン名セリフ一人称
🇯🇵 日本語ゼニガメ「今日は どこまでお出かけするの? オイラ でよければ いっしょに行くよ」オイラ
🇨🇳 中国語(簡)杰尼龟「你今天要去哪里呢?不介意的话, 可以陪你一起去哦。」
🇹🇼 中国語(繁)傑尼龜「你今天要去哪裡啊?如果不介意, 可以跟你一起去喔。」

出典:『ぽこ あ ポケモン』公式サイト「交流を楽しむ」 より各言語版スクリーンショット

日本語の「オイラ でよければ」には、「自分みたいなやつでよければ」という 謙遜と親しみ が一語に込められています。

「僕でよければ」や「俺でよければ」とはまた違う。「オイラ」にしか出せない、素朴で人懐っこい感じです。

中国語版では「我」——ニュートラルな「私」になり、素朴さはきれいに消えています。文末の「哦」「喔」で少しだけ柔らかさを出していますが、「オイラ」の持つ世界観とは別物です。

ヤドンの語尾——「おで」の素朴さは翻訳できるのか

同じ公式サイトから、ヤドンのセリフも比較できました。

言語ポケモン名セリフ
🇯🇵 日本語ヤドン「あ~ でもでも このあたりって じめんが デコボコで 歩きにくくてぇ~
🇨🇳 中国語(簡)呆呆兽「啊~不过不过,这附近的地面凸凹不平的,很难行走呢~」
🇹🇼 中国語(繁)呆呆獸「啊~可是可是,這附近的地面凸凹不平,很難走~」

出典:『ぽこ あ ポケモン』公式サイト「おねがいごと」 より各言語版スクリーンショット

日本語の「歩きにくくてぇ~」と「おで」の組み合わせ——語尾ののんびりした伸ばし方と、一人称の素朴さが合わさって、ヤドンのマイペースなキャラクターが立ち上がります。

中国語版は「很难行走呢~」「很難走~」。「呢~」「~」で多少のんびり感は出ているものの、「おで」の持つあの独特の朴訥さは消えています。

同じキャラクター、同じシーン、同じ情報。でも、受け取る印象がまったく違う。 これが一人称・語尾の持つ力です。

堀井雄二氏も同じことを言っていた

この「一人称が消える問題」に言及しているのは、ぽこポケの開発者だけではありません。

2026年3月——ぽこポケ発売と同じ月に、ドラゴンクエストの生みの親・堀井雄二氏がインタビューで「英語はシンプルな言語なので、フレーバーが失われがちだ」と語っています。

同席した石山氏が具体的に、「俺」「僕」「ワシ」「私」が英語では全て “I” になってしまう問題を指摘しました。

堀井氏は「ボイスアクティングの導入で、キャラクターの個性やトーンを補完できるようになった」とも述べています(Nintendo Life)。

ぽこポケはテキストベース。声がないぶん、テキストだけで個性を出す必要があります——だからこそローカライズの工夫が際立ちます。

英語版の武器:方言・スラング・文法崩し

では英語版はどうしているのでしょうか?

一人称が “I” しかない英語版は、別の武器 で戦っています。

各メディアのレビュー記事から確認できた英語版のセリフを見てみます。

ポケモン日本語の一人称英語版の手法英語セリフ例
フシギダネウチ(ギャルっぽい)感嘆詞 で元気さ表現”Yippee! Nice to meet you!”
フシギダネウチ全大文字 でテンション爆発”LET’S GET HUMID!!”
ヒトカゲおれ(やんちゃ)幼児語 で愛嬌”frew up”(threw upの幼児発音)
ゼニガメオイラ(素朴)ためらい・間 で弱さ表現”Wa-water…”
コイキングぼく(弱気)スラング で脱力感”Yo where am I”
カイオーガワシ (老紳士)南部なまり で長老感”The humans were makin’ a real fuss, y’see… Sure am sorry ‘bout that.”
モジャンボはかせワシ (老博士)権威的な命令口調”chairs are NOT food!”

出典:KotakuGamingBibleRolling Stone PH公式サイト英語版

モジャンボはかせの日本語版では「ワシ の話を聞いとったか!? イスは 食べ物じゃないぞ!?」——英語版の “chairs are NOT food!” と見比べると、「ワシ」「〜じゃ」「おぬし」という老博士口調が、英語では大文字の強調(NOT)による権威的な命令口調に変換されているのがわかります。

出典:@146Moltres — モジャンボはかせの「イスは食べ物じゃないぞ!?」シーン(2026年)

フシギダネの英語版セリフを見てみると、“I think it’s…hmmm…a bed for napping!” ——「ウチ」のマイペースな可愛さを、間の取り方(“…hmmm…”)と語彙(“napping!”)で補っています。

出典:@Pokemon — フシギダネ(Bulbasaur)の英語版セリフ(ポケモン公式)

特に面白いのが カイオーガ です。

日本語版の一人称「ワシ」——老齢の紳士、長老の風格を一語で表現しています。英語版ではこれを アメリカ南部なまり で再現しました。“makin’“(makingの省略)、“y’see”(you see)、“fer”(for)、“‘bout”(about)——これはアメリカ英語で「年配の、のんびりした紳士」を連想させる話し方です。

実際の英語版のゲーム画面がこちら。“Well, ain’t you an odd one.” ——この “ain’t” が南部なまりの象徴です。

出典:@Pokemon — カイオーガの英語版セリフ(ポケモン公式)

Kotakuの記事では、この翻訳戦略が明示的に解説されています。「日本語の”ワシ”を英語では南部方言(Southern vernacular)で表現した」と。一人称の代わりに方言全体でキャラを作る ——これが英語版の戦略です。

フランス語の武器:tu/vousと感嘆詞

フランス語もまた、一人称は “je” の一択。しかしフランス語には、英語にはない武器があります——二人称の使い分け です。

ブログ「ふらごがく」が、ポケモンマスターズEXのフランス語版を詳細に分析しています。日本語版でキバナが使う一人称「オレ様」がどう翻訳されたか——(ふらごがく)。

フランス語版のキバナは、全員に “tu”(親しい二人称)で話しかけます。フランス語では、目上の人や初対面の人には “vous”(丁寧な二人称)を使うのがマナー。にもかかわらず全員に “tu”——これで「距離を詰める自信家」の性格が表現されています。

さらに、“Ben”(えーと)、“Nan”(いやいや)、“Hé”(おい)、“Yo”(よう)といった 感嘆詞を多用 することで、「オレ様」の砕けた親しみが補われています。

筆者はこう書いています——「一人称一語で表現していたものを、会話全体で表現している」 と。一対一の置き換えではなく、文全体を使った再構築。これがローカライズの本質です。

スペイン語版の武器:若者スラング

英語版が方言で、フランス語版がtu/vousで戦ったのに対し、スペイン語版は若者スラング という別の武器を選びました。

GamingBibleの記事では、スペイン語翻訳チームに 「名誉ある言及(Honorable Mention)」 が与えられ、「ローカライズのマスタークラス」と評されています。ポケモンたちが “you ate”(「やるじゃん」的なスラング)や “yasss”(強い肯定)といったカジュアルな口語で喋る——日本語版の一人称で表現していた「個性」を、スペイン語版ではSNS世代の言葉遣いで補完しているのです(GamingBible)。

さらに面白いのが、スペイン語版のフシギダネです。ポケモン公式サイトのスクリーンショットを見ると、最初の挨拶がこうなっています。

「¡Hola, holita! ¡Encantada de conocerte!」

“holita” は “hola” に可愛い縮小辞(-ita)を付けた形で、「やっほー」のようなニュアンス。そして決定的なのが “Encantada” ——これはスペイン語の女性形です。男性なら “Encantado” になるところを、フシギダネを明示的に女性キャラとして扱っています

日本語の「ウチ」は「ギャルっぽい女の子」を暗示するだけで、文法的には性別を確定しません。

スペイン語版は文法構造で確定させました。

英語版の “Yippee! Nice to meet you!” は元気さは出ていますが性別は中立のままですね。

同じキャラの同じセリフなのに、言語によって「どこまで踏み込むか」が違う——ローカライズの判断が見える瞬間です。

つまり、一人称が1つしかない言語はそれぞれ違う武器で戦っています。英語は方言、フランス語はtu/vous、スペイン語はスラングと文法上の性——同じ「一人称が足りない」問題に対して、各言語が自分たちの文化的リソースを活用しているのが面白いですね。

うすチュウの名前が語ること

もう一つ、ぽこポケ独自の面白い比較ポイントがあります。「ちょっぴりかわったすがたのピカチュウ」の うすチュウ の各言語名です。

言語名前由来
🇯🇵 日本語うすチュウ薄い + ピカチュウ
🇺🇸 英語Peakychupeaky(病弱そう) + Pikachu
🇫🇷 フランス語PikapâlePikachu + pâle(淡い)
🇩🇪 ドイツ語Schlappchuschlapp(ぐったり) + Pikachu
🇪🇸 スペイン語Palidachupálida(蒼白) + Pikachu
🇮🇹 イタリア語Pallichupallido(青白い) + Pikachu
🇨🇳 中国語淺淺丘淺(浅い) + 皮卡丘

出典:Bulbapedia “Peakychu”

日本語の「うす」は色の薄さのニュートラルな表現ですが、英語の “Peakychu” は「病弱そう」、ドイツ語の “Schlappchu” は「ぐったり」——色よりも 体調や元気のなさ が強調されています。

名前だけで、各言語の翻訳チームが「この子をどう見せたいか」の解釈が分かります。一人称が使えない代わりに、名前にキャラ性を込める という戦略です。

日本語版のうすチュウは一人称「わたくし」——お嬢様のような上品さがセリフの端々から伝わります。

英語版では名前の “Peakychu” の儚さが、その役割を担っているのかもしれません。

出典:@poke_times — ポケモン公式によるうすチュウ紹介(2025年11月)


【言語学】なぜ日本語だけ、こんなに一人称が多いのか

「役割語」という日本語の特殊能力

大阪大学の金水敏教授が提唱・体系化した 「役割語」 という概念があります(大阪大学ResOU国際交流基金)。

役割語とは、特定の話し方と特定の人物像が強く結びついた言葉遣い のこと。

話し方想像される人物
「ワシは知っとるぞ」老博士
「あたいが先よ!」勝ち気な女の子
「吾輩は猫である」偉そうな猫
「拙者は〜でござる」武士

実際にこう話す老博士が現実にいるかどうかは問題ではありません。

フィクションの中で繰り返し使われることで、話し方と人物像のセットが日本語話者の共通認識になっている ——これが役割語です。

そして、一人称はこの役割語の もっとも強力な要素 です。

「ワシ」「あたい」「吾輩」「拙者」——一語で人物像が立ち上がりますね。

翻訳で消えるもの

この役割語の翻訳困難さを象徴する例が、夏目漱石の『吾輩は猫である』です。

英語タイトルは “I Am a Cat”。

日本語の「吾輩」には、猫のくせに偉そうな口調で語る 滑稽さ があります。 しかし “I Am a Cat” では、その滑稽さが消えてしまいます。

“I” は “I” でしかないからです。

そして、当たり前に逆のことも起きます。

海外のスポーツ選手のインタビューが日本語に翻訳されるとき、原語ではみんな同じ “I” を使っているのに、日本語では

——ウサイン・ボルトは「」で陽気でひょうきんな感じを、タイガー・ウッズは「」と知的でストイックな感じを含ませて、一人称の訳を分けられることがあります。

金水教授自身も「全ての選手が一律に『私』と邦訳されては味気なくなってしまう」と指摘しています(役割語 - Wikipedia)。

翻訳者が、“I” に人格を付与している。日本語の一人称がそれを可能にし、同時に要求しているのです。

ゲームやアニメでも同じことが起きています。『千と千尋の神隠し』のハクは、少年の姿なのに一人称が「わたし」です。

普通、少年なら「僕」を使いますが、「わたし」を使うことと、伝統的な神社の衣装と合わせて、「この子は普通の子供ではない」という違和感・シグナルを日本語話者には伝える——英語版では “I” になり、このシグナルは消えます。

逆に、翻訳者が日本語にはない工夫を生み出した例もあります。

『ファイナルファンタジーIX』のクイナは性別不詳のキャラクターで、日本語版では他のキャラが「あいつ」(性別中立の三人称)で呼んでいますが、英語版の翻訳チームはこれを 「s/he」 と訳しました——ジェンダーの曖昧さをユーモアに変えた、テキストベースだからこそ可能な翻訳です(Legends of Localization)。

実際のゲーム画面を見ると、「s/he」がいたるところに登場します。

出典:@iCloud_VII — FF9英語版におけるクイナの「s/he」表記まとめ(2023年3月10日)


【文化】一人称を「選ぶ」ということ

ここまで翻訳の話をしてきましたが、そもそも日本語話者にとって「一人称を選ぶ」とはどういう行為でしょうか。

思春期の「僕→俺」シフト

多くの日本語話者(特に男性)は、成長とともに一人称が変わります。

  • 幼少期: 自分の名前(「ゆうた」「あつし」)
  • 小学生: 「ぼく」
  • 中学生頃: 「俺」(自我の確立・反抗期)
  • 就活・社会人: 場面に応じて「私」

「僕」から「俺」に切り替えるタイミングは、多くの人にとって一種の通過儀礼で、自分の社会的な立ち位置を 再定義する行為 なのかもしれませんね。

ぽこポケの場合、ゼニガメ→カメックスの「オイラ→ワシ」がこれに当たります。

出典:@ishikoromono — ゼニガメの「元気な オイラが いればなぁ…」(2026年3月)

出典:@pitapiokaa — カメールの「〜ッス!」口調(2026年3月)

出典:@Zephy_03 — カメックスの「ワシは今 満腹じゃ」(2026年3月)

「僕」の語源が面白い

ちなみに「僕」の元の意味は 「男の召使い」 です。

「下僕」「公僕」の「僕」——もともと謙遜の言葉でした。江戸末期に吉田松陰が自らを謙遜する意味で「ぼく」を自称として使い始め、松下村塾の門下生に広まったとされています(えいすう総研CiNii)。

「拙者」(武士の謙譲)から「僕」(対等な自己主張)へ——一人称の変化は、社会の価値観の変化そのものでした。

一人称はアイデンティティの表明

現代では、女性が「ボク」を使う「ボクっ娘」現象や、LGBTQ+コミュニティでの一人称選択も注目されています(LGBTメディアNOISE)。

中学校では女子が「オレ」「ボク」を使うことを巡ってジェンダー言語イデオロギーの変容が指摘されてもいます(J-STAGE)し、一人称を選ぶことは文法の問題ではなく、「自分はどういう人間か」を社会に提示する行為 なのかもしれません。

英語話者が “I” を使うとき、そこに選択はありません。

しかしながら、日本語話者が「俺」を選ぶか「僕」を選ぶか「私」を選ぶかには、意思があります。

ぽこポケのポケモンたちが全員違う一人称を持っているのは、全員が違う「自分」を持っているということとイコールになります。


まとめ:一人称は文化の鏡

『ぽこ あ ポケモン』でゼニガメが「オイラ でよければ いっしょに行くよ」と言ったとき、日本語話者はそこに素朴で人懐っこいキャラクター性を見ます。

中国語版で「可以陪你一起去哦」と読んだとき——情報は伝わりますが、「オイラ」の持つ温かみは薄れてしまっているのかもしれません。

英語版でカイオーガが “Sure am sorry ‘bout that” と南部なまりで喋ったとき、一人称の「ワシ」が担っていたものを、文全体で再構築する という翻訳チームの工夫の結果と感じます。

日本語の一人称が多いのは、日本語話者が「自分がどういう人間か」を言葉の選び方で常に表現しているからです。

それは時に窮屈かもしれませんが、たった一語でキャラクターが立ち上がる という、他の言語にはない魔法でもあります。

ぽこポケを別の言語に切り替えてプレイしてみると、この「魔法」の輪郭がはっきり見えるかもしれません。

9言語対応のこのゲームは、世界最大の一人称翻訳実験場と言っても良いのではないのでしょうか。


参考情報

紹介ゲーム

  • 『ぽこ あ ポケモン』(Nintendo Switch 2):本記事で取り上げた、9言語対応のポケモン生活シミュレーション

関連書籍

参考URL

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