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「まち歩き」はなぜブームなのか?——歩く観光の歴史と、デジタルが変えた「散歩」

「まち歩き」はなぜブームなのか?——歩く観光の歴史と、デジタルが変えた「散歩」
【読了時間:約12分 / 要約のみなら3分】

この記事で分かること(3行まとめ)

  • 「まち歩き」は2006年の長崎さるく博をきっかけに全国へ広がった
  • ブームではなく「20年かけて定着した文化」と言える
  • Googleマップの普及が「迷わないから、迷える」という逆説を生んだ

御朱印集め、マンホールカード、ブラタモリの復活——「歩いて何かを見つける」ことを楽しむ人が増えています。メディアはこれを「まち歩きブーム」と呼びます。

でも、いつから「まち歩き」という言葉が使われるようになったのか、なぜこれほど広まったのか、改めて考えると意外とわかりません。

調べてみると、これは一時的なブームではなく、もっと長い物語でした。


結論:ブームではなく「20年かけて定着した文化」

先に結論を言うと、「まち歩きブーム」という表現はやや不正確です。

できごと意味
1986年路上観察学会の結成「まちを観察する」視点の誕生
2005年〜Googleマップの普及「迷わないから、迷える」時代に
2006年長崎さるく博日本初のまち歩き博覧会
2009年〜ブラタモリ開始テレビが「歩く知的快感」を広める

一時的なブームというよりも、20年かけてじわじわと定着した文化。それが「まち歩き」の正体です。

「まち歩き」の歴史タイムライン


【歴史】「まち歩き」はいつ始まったのか?

源流:路上観察学会(1986年)

「まち歩き」の源流を辿ると、1986年に赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊らによって結成された路上観察学会に行き着きます。

赤瀬川原平の「超芸術トマソン」(無用の長物と化した建築物を収集する活動)、藤森照信の「東京建築探偵団」など、複数の都市観察活動が合流して生まれました。

まちの中に「面白いもの」を見つけるという視点——これが後の「まち歩き」につながっていきます。

長崎さるく博(2006年)——日本初のまち歩き博覧会

「まち歩き」が全国的に広まるきっかけになったのが、2006年に開催された長崎さるく博です。

「さるく」は長崎弁で「ぶらぶら歩く」という意味。日本初の「まち歩き博覧会」として、212日間にわたって開催されました。

項目数字
開催期間212日間(2006年4月〜10月)
延べ参加者1,023万人
経済波及効果865億円
さるくガイド325人
プロデューサー95人

しかし、長崎さるく博の最大の成果は、数字だけでは測れません。

「観光客を呼ぶ」よりも「市民がまちを好きになる」ことが重要だった——LIFULL HOME’S PRESSの記事では、関係者がそう振り返っています。市民自身がガイドとして参加し、自分のまちを語ることで、まちづくりへの参加意識が高まったのです。

背景には危機感がありました。長崎市の観光客数は1990年の628万人から2004年には500万人を割り込み、低迷が続いていたのです。

大阪あそ歩(2008年〜)——市民が自分で企画・運営するモデル

長崎さるく博の成功を受けて、2008年には大阪で大阪あそ歩が始まりました。

大阪あそ歩の特徴は、市民ガイドが企画から運営まで自分で行うコミュニティ・ツーリズムのモデルです。2012年に一般社団法人として独立し、数年かけて行政からの財政支援を脱却。その後はインターネットを活用して年間運営費100万円以下という驚異的な低コスト運営を実現しています。


【比較】なぜ「名所観光」から「まち歩き」に変わったのか?

「ないものねだり」から「あるもの探し」へ

従来の観光は、名所旧跡やテーマパークなど「特別な場所」を目指すものでした。しかし人口減少が進む地方都市では、大規模な観光施設を維持するのが難しくなってきます。

そこで発想の転換が起きました。

「ないものねだり」ではなく「あるもの探し」——地域にすでにある歴史や風土、住民の暮らしそのものを観光資源として捉え直す動きです。

定住人口1人減 ≒ 日帰り客71人

観光庁の試算によれば、定住人口が1人減ることによる消費の減少は、日帰りの観光客約71人分に相当します(2023年データ)。

人口が減る地域にとって、「住んでもらう」のが理想でも、現実的には「訪れてもらう」ことで経済を支える必要がある。まち歩きは、大きな投資なしにそれを実現できる手段だったのです。


【社会現象】ブラタモリが変えたもの

「地形」で歩く、という知的快感

2009年にレギュラー放送が始まったブラタモリ(NHK)は、「まち歩き」の楽しみ方を大きく変えました。

それまで「まち歩き」は歴史や建築に詳しい人のものというイメージがありました。でもブラタモリは、地質や地形という切り口で「なぜこの場所にこの街ができたのか?」を解き明かしていく。

坂道を見て「ここは昔、川だった」と気づく面白さ。高低差から街の成り立ちを読み解く快感。この番組で街歩きの新たな楽しみ方を教わった人は多いはずです。

復活、そして新しい形へ

2024年3月にレギュラー放送が一度終了しましたが、2025年4月に新シリーズとして復活しました。ナレーションはあいみょんが担当し、30分×シリーズもの形式になっています。


【時間がない方へ】 ここまでで「まち歩き」の歴史と広がりの全体像がわかります。ここからは、Googleマップの普及が「歩く楽しさ」をどう変えたのか、そして「まち歩き」が今直面している課題を深掘りしていきます。要点だけ知りたい方は「まとめ」へどうぞ。


【深掘り】「迷えなくなった時代」が歩く楽しさを変えた

ここからが、この記事の独自の視点です。

「まち歩き」が広まった時期と、Googleマップが普及した時期がほぼ重なっていることに気づいたでしょうか?

Googleマップの20年

できごと
2005年2月Googleマップ サービス開始(米国)
2005年7月日本版開始
2007年ストリートビュー開始(米国)
2008年日本でストリートビュー開始/iPhone 3G 日本発売
2013年スマホ世帯保有率が過半数に(総務省)
2014年タイムマシン機能公開
2025年2月Googleマップ20周年

Googleマップが登場する前の「インターネット地図」を覚えていますか?

上下左右のボタンをクリックして、10秒ほど待って、ようやく隣のエリアが表示される——。Googleマップは「ドラッグして動かせる地図」という革命をもたらしました。当時のAjax技術を活用した、まさに画期的なサービスでした。

Googleマップ Before/After比較

「迷わない」が「迷える」を生んだ

2005年のGoogleマップはパソコンで見るものでした。「歩きながら地図を確認できる」環境が整ったのは、スマートフォンの普及を待つ必要があります。

2008年7月にiPhone 3Gが日本で発売され、この年は「スマホ元年」と呼ばれています。ただし当時のシェアはまだ小さく、スマホの世帯保有率が過半数を超えたのは2013年(総務省 通信利用動向調査)。Googleマップの登場からスマホの普及まで、約8年。この間に「迷わない」テクノロジーは、デスクの上からポケットの中へと移動しました。

GPSで現在地がわかる。目的地までのルートが表示される。もう迷うことはない——はずでした。

ここで逆説的なことが起きます。「迷わない」テクノロジーが普及したからこそ、安心して脇道に入れるようになったのです。

「この路地の先に何がある?」と思ったとき、昔なら迷子になるリスクがありました。でも今は、スマホを見ればいつでも元の道に戻れます。GPSが「安全網」になることで、未知の路地に入る心理的ハードルが下がった。

「迷えなくなった時代」が、「迷う楽しさ」を取り戻した——これが、デジタルが「まち歩き」にもたらした最大の変化だと思います。

地図が「4次元」になった日

もう一つ、Googleマップが変えたものがあります。

2011年の東日本大震災で、津波により家屋や写真が流されました。被災者や自治体から 「震災前の街並みを残してほしい」 という声がGoogleに寄せられ、同年12月に「未来へのキオク」プロジェクトが立ち上がりました(WIRED.jp)。

この経験が発展し、過去の画像を閲覧できるタイムマシン機能が2014年に公開されました。「地図を4次元にする」という発想は、日本の体験から生まれたものです。

まち歩きの文脈で言えば、「今の景色」と「過去の景色」を重ねて歩くことが可能になった。これは街を歩く体験をまったく新しいものに変えています。


【深掘り】でも「まち歩き」は曲がり角にいる

20年かけて定着した「まち歩き」ですが、課題もあります。

ガイドの高齢化

2011年時点の長崎さるくのデータを見ると(ながさき経済 2011年10月号|国立国会図書館より):

  • ガイド54人の平均年齢は62歳
  • 半数は70代
  • 参加者も50代以上が63%

若い世代の参加が少ないという問題は、全国のまち歩きイベントに共通しています。

「説明される」時代から「体験する」時代へ

もう一つの課題は、観光のスタイルそのものが変わっていることです。

定時出発・ガイドの解説を聞く——というツアー型のまち歩きに対して、「自分のペースで、自分の興味に合わせて歩きたい」 という声が増えています。SNSやスマホに慣れた世代にとって、一方的に説明を聞くスタイルは合わないのかもしれません。

デジタルが「まち歩き」の次を作り始めている

こうした課題に対して、テクノロジーが新しい答えを出し始めています。

2016年に一大ブームとなったPokemon GOを覚えている方も多いでしょう。Nianticの最初の位置情報ゲーム「Ingress」(2012年)は、現実の街を歩いて歴史的建造物やモニュメントを巡るという体験を生み出しました。ゲームを通じて「知らない場所を歩いて発見する」楽しさに気づいた人も少なくありません。

その流れの延長線上に、スマホアプリ、位置情報、AR(拡張現実)、謎解き要素を組み合わせた新しいまち歩きサービスが少しずつ登場しています。「ガイド付きツアー」から「自分のペースで、スマホと歩く」 へ。

これらのサービスについては、機会があれば別の記事で紹介したいと思ってます。


まとめ:「まち歩き」は歩き続ける

「まち歩きはブームか?」という問いに対する答えは、「ブームではなく、20年かけて定着した文化」 でした。

歴史のまとめ

  • 1986年: 路上観察学会が「まちを観察する」視点を生んだ
  • 2006年: 長崎さるく博が「まち歩き」を全国に広めた
  • 2009年〜: ブラタモリが「地形で歩く知的快感」を広めた

なぜ定着したのか

  • 人口減少時代の「あるもの探し」型観光への転換
  • 名所旧跡がなくても、まちの歴史そのものが観光資源になる
  • 大きな投資なしに始められる

デジタルがもたらした変化

  • Googleマップが「迷わないから、迷える」環境を作った
  • スマートフォンが地図をデスクの上からポケットの中へ移した
  • ストリートビューのタイムマシン機能が「今と過去を重ねて歩く」体験を可能にした
  • スマホアプリがガイドなしのまち歩きを実現しつつある

「まち歩き」は、テクノロジーに置き換えられるものではなく、テクノロジーと共に進化していく文化です。

次の休日、いつもと違う角を一本曲がってみるだけで、見慣れた街が少し変わって見えるかもしれません。


参考情報

関連書籍

参考URL

まち歩きの歴史

ブラタモリ

Googleマップ

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